アニメ・コミック

2018年2月20日 (火)

『超人ロック』50周年!

 萩尾望都サマ、竹宮惠子さん、吉田秋生さん、成田美名子さん、大和和紀さん、美内すずえさん、開田裕治さんと、思いついた人だけでも、私の知っているマンガ家等が続々と画業30年、40年、50年を迎えられて、原画展を開催したりや記念ブックが発行されたり、雑誌で特集が組まれたりしている。
 そして、聖悠紀さんが同人誌から商業誌まで描き続けている『超人ロック』も50周年! 昨年めでたく『超人ロックの世紀 50thBertday Book』Ⅰ巻、Ⅱ巻が刊行され、年末の冬コミで手に入れた。昨年は6月9日〜9月24日まで明治大学の米沢嘉博記念図書館で「超人ロック生誕50周年展」が開催されていたが、オモテ稼業も繁忙で、夏コミも落選で、残念ながら行けなかった。『超人ロックの世紀 50thBertday Book』は、たくさんのマンガ家やイラストレーター等の人々がお祝いのイラストとメッセージを寄せているのだが、すみません、知らない人も多い。おそらく知らないのは若いクリエイターのみなさん。近年のロックにはとんとご無沙汰で申し訳ないのだが、年齢層幅広くファンがいるのだなあと思った。
 私がいちばんのめり込んでいたのは、恐ろしいことに1970年代後半〜80年代前半。聖悠紀さんのオフィシャルサイト「電脳かば」に作品年表があるので、繰ってみると、1977年に週刊少女コミックで作画グループ合作『ダリウスの風』というのが連載されていたのをリアルタイムで読んでいた。その時「スゴくカワイイ女の子を描くなあ」と思ったのが聖悠紀さんの名前を知った最初だった。(私も最初は女性だと思っていた) その後、ロックのだいたい有名どころのタイトルはみんな読んでいるのだが、少年KINGは読んでなかったし、おそらくSGシリーズで読んだのだと思う。『ニンバスと負の世界』『コズミックゲーム』『新世界大戦』『ジュナンの子』『この宇宙に愛を』『ロードレオン』と、けっこう続々読んでいた。あれ?SGになっていない、『アウター・プラネット』とか『スター・ゲイザー』も読んだ覚えがある。そのくせ、私の本棚にはないのだ。だれかに借りたのかなあ。覚えてないぞ。それから、1984年の劇場映画も観た。残念ながらマンガの方が面白い。映画の中で、メカシーンがCGで創られていて、おそらくCGを観たのはこれが初めて。その時代としてずいぶん先進的だったとは思うが、画像の粒子が粗く、あまり「すごい」という感じを持たなかった。今の技術でシリーズアニメ化してくれないかなあ。
 『超人ロック』の話をダンナにすると、「いちばん始めに知ったのは『超人ヒッチ』だった」と言っていた。知らなかったが、昔、作画クループに入っていたらしい。たしかにダンナの本棚には、分厚い『グループ』とSG企画の『超人ロック』が数冊ある。ムム……先を越されていた。

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2018年2月16日 (金)

「ガラスの仮面展」

 近年、自分が10代から知っている(デビュー当時から知っている人もいる)マンガ家さんが、画業30周年40周年……とか迎えられ、いろいろ原画展が開催されている。みなさん、まだパソコンがない頃から描かれているので、アナログ原稿が美しい。マンガ家の原画展が初めて美術館で開催されたのは、私の記憶にある限り1990年東京国立近代美術館の「手塚治虫展」。それまで、マンガ原稿が公立の美術館、博物館で大々的な展示になるなんて思ってもみなかった。東京まで観に行った。それから幾星霜。美術館やギャラリーでのマンガ原画展が少しずつ増えてきた。マンガ家やマンガ作品が芸術として世に認められてきたのか。しかし、現代はCGが主流になって、マンガ作品に原画というものがないという変化も現れてきている。
 そんな中で、2017年12月1日〜25日まで京都駅の美術館「えき」で開催された「ガラスの仮面」展に行ってきた。『ガラスの仮面』連載40周年記念とのことだ。私も高校の頃友人に「花とゆめ」を回してもらって読んでいた。(自分は「別冊マーガレット」を回していた)ちゃんと覚えていなかったが、1976年の新年第1号に和田慎二の『スケバン刑事』と同時に新連載だったのだ。コマ割の原画があるとつい読んでしまう。雑誌連載で読んでいたことのストーリーってけっこう覚えているものだ。毎回「次はどうなるんだろう」という引きがある。そのあたり、美内さんはストーリーテラーなんだろうなあ。でも、絵は少女マンガの王道で、それが40年間あまり変化がないのは、同一連載を続ける上では重要ポイントだと思う。でも、早く完結してほしい。会場に美内さんご自身の映像があって、まだ終わらない「ガラスの仮面」だけど、最終回ラスト7ページは既に決めているらしい。それを読めるのはいつ?
 会場の入り口には「あなたのファンより」の紫の薔薇の花束もあり、名シーンの顔はめパネルもある。図録以外にTwitterで話題になっていた白目クリアーファイルもつい購入。

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2018年2月14日 (水)

マンガ『バレエ星』

『バレエ星』谷ゆき子著(立東舎)
 前日の記事のイベント「今年のマンガを振り返るぞ!2017」でも話題にのぼったが、一昨年度あたりから谷ゆき子が復活している。といっても、ちゃんと仕掛け人がいるのだが。
 前に記事を書いた2016年10月に、『超展開バレエマンガ 谷ゆき子の世界』が立東舎から発行された。2016年10月27日(木)〜2017年1月31日(火)まで、京都国際マンガミュージアム(以下MM)で「ミニ展示「すごいぞ!こわいぞ!谷ゆき子!」が開催。2017年1月29日 MMにてのイベント「やっぱりすごいぞ! 谷ゆき子」はご長男の谷垣宏尚さんとMMの倉持佳代子さんと京都精華大学国際マンガ研究センター研究員の雑賀忠宏さんのトークイベントもあった。
 そして、ついに2017年10月『バレエ星』が復刻された。720ページの自立する本、学年誌3年間の連載、読むのに2時間半ほどかかった。前半のほうが超展開でぶっとんでいた。絵の方では、今みてもおしゃれなファッションが散見して、本当にセンスのいい人だったんだなあと思う。残存の数少ない原画をMMで観たことがあるが、細い線も美しく、原稿が見つからないのはとても残念。その頃の粗い印刷の雑誌からの復刻はとても大変だったかと思う。谷ゆき子の存在は、実はけっこうジェネレーションギャップがある。星シリーズは学年誌で約10年間、その年代に小学館の学年誌を読んでいた女の子(男の子はあまり覚えていない)にほぼ限られていた。その世代の中でも、私は『白鳥の星』の年代だったので、違う学年誌に掲載されていた『バレエ星』を通読したことがない。しかし、この復刊によって、1969年の「小学1年生」1月号から1971年「小学4年生」12月号までを読んでいない老若男女も『バレエ星』を読むことができるようになったのだ。めでたい! 出来れば次は『白鳥の星』の復活を!

2017年11月18日 (土)

「萩尾望都SF原画展」in神戸ゆかりの美術館

 10月に「やっとblogの記事が追いついた〜(いろいろ端折ったが)」と思ったら、油断して1ヶ月過ぎる間に次々とイベントの展示会が終わってしまった。ガクッ…… 気を取り直して、書いていこう。夏の終わりの腰痛から用心して、秋は遠出をしないで、近場をウロウロすることにした。さて、秋のいちばんの楽しみといったら……

 9月9日(土)〜11月5日(日)に神戸ゆかりの美術館で開催された「萩尾望都SF原画展」! 望都サマ、ついに関西にご降臨! 思えば2011年の原画展も関西には来なかったので、福岡まで観に行った。ああ、今読み返してみると、3月11日の東日本大震災が起こる5日前だったんだ。
今回のSF原画展も2016年に吉祥寺で開催されたときは、「全国巡回の予定はない」とのことだったので、GWに観に行った。その後、全国巡回が決定。2017年7月の新潟を皮切りに、次が神戸、現在静岡で開催されている。(その次に北九州に行くようだ。)
 さて、今回の神戸ゆかりの美術館、初日には関連イベントで「対談萩尾望都×森見登美彦」のイベントがあって、応募したけれどあえなく撃沈。それなら展示を観に行く日は、混雑していたらいやだなあと思って、平日に行ける日を選んだ。でも、月曜日は休館、やっと10月の下旬に来訪することができた。今回は吉祥寺より広い! そして、空いてる! 広い会場に2〜30人? 原画にかぶりつきで観られる。いや、空いてるのはありがたいんだけど、平日にこんなに空いてていいのか? もったいない。写真スポットもバージョンアップ、原画も増えている。『百億の昼と千億の夜』のネーム、東日本大震災以後の『なのはな』や放射性物質3部作の原画はなかったよね。ただ、複製原画で水増ししてるところもあるのがちょっと残念。(でも、思わず読んでしまうんだけど)
今回の原画展の公式サイトはこちら

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2017年10月17日 (火)

「山岸凉子展 光(てらす) −メタモルフォーゼの世界−」と荒俣館長講演会

 すみません、これも備忘録ですね。
 5月27日(土)から9月3日(日)まで、京都国際マンガミュージアムにて、「山岸凉子展 光(てらす) −メタモルフォーゼの世界−」が開催された。期間中は前・中・後期で展示替えがあった。
 私は、5月28日の「荒俣館長が語る!山岸凉子の世界」の講演会と、7月23日の「Artmade(アートメイド)」の時に、前期・中期2回観た。
 山岸凉子原画展は、年代順に展示されていた。初期に少女マンガを意識して変えていた絵柄を本来の絵柄にしたときの葛藤があり、「アラベスク」の頃には萩尾望都サマが大コマの街並みを描いた原稿もあり、「日出処の天子」(「ところてん」と当時略していたのだが、通じる人と通じない人がいる)の原画は東京での展示のときより30点以上多いなど話題が豊富だ。そして、ぜんぶアナログで手書きの原画は美しく、マジマジとみとれてしまう。「Artmade(アートメイド)」のスペースに立ち寄られた同世代に人とも原画展の話題で盛り上がった。この展示では、撮影可能スポットが3カ所あった。
 5月28日の荒俣宏新館長の講演会は、10時から整理券配布なのに、寝坊をしてしまった(~_~;)、大丈夫か?と思ったが、 10時40分頃到着して、88番。館内放送もしていたし、余裕があるようだ。荒俣館長、14時から15時の1時間の予定を30分オーバーしても、また全部話しきれてないようで、山岸凉子さんとの出会いから、大正昭和前半のイラストや挿絵の話しまで、滔々と途切れない。ネタを豊富にお持ちの人だと思うので、またお話をお聞きしたい。

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2017年3月11日 (土)

画集『The ART of Điện Biên Phủ(ディエンビエンフー)』

『The ART of Điện Biên Phủ(ディエンビエンフー)』西島大介著 (グラフィック社)
11巻までイッキ読みして、その後待望の新刊と思った12巻が未完の最終巻!という怒涛の体験をした『ディエンビエンフー』だが、その後2016年8月に画集が出た。それも、単なるイラスト集ではない。未発表のマンガやイラストあり、海外雑誌への描き下ろしマンガ、販促の通信、GOODSの紹介、設定資料は未完分まで含まれる。なんせ、帯に「心は折れていません− 続きを描く気は200%あります。」とでっかい字で宣言しているのだ。すでにラストはプロローグで示されている。1973年3月。そこまでたどり着くのはあと何巻? 大いに期待を膨らませてしまう画集だ。

 そして、2017年1月より本当の完結に向けて「月刊アクション」で『ディエンビエンフーTRUE END』が連載開始! 双葉社版の単行本も刊行を開始された。現在2巻。ああ、また付き合っちゃってるよ。今度こそTRUE END!

2017年3月 9日 (木)

水玉本が続々と

 水玉螢之丞が亡くなったのは2014年12月13日。生前、本になったのが『こんなもんいかがっすかぁ』だけだったが、死後続々と作品が本にまとめられて、出てくる出てくる。こんなにたくさんいろいろ描いていたのか! ゲームとかは疎いから、観たことのないイラストや読んでいないのも多い。でも、みんなディープで可愛い。絵は可愛いし、字も可愛いけど、ぎっしり詰まっていて、内容もディープで、ゲームとかわからない部分を読み飛ばしても、けっこう時間がかかるので、ごめん、まだ読みきれずに読んでいない分もある。

 没後出版された本で、私の持っているものはこんな感じ。
『SFまで10000光年』2015年7月刊(早川書房)
『水玉螢之丞画業集成』雑誌篇ver1.0 田中すけきよ著 (自費出版)
『SFまで10万光年以上』2015年12月刊(早川書房)
『こんなもんいかがっすかぁ まるごと』2016年2月刊(復刊ドットコム)
『ワンフェスのワンダちゃん』2016年8月刊(本の雑誌社)
『水玉螢之丞画業集成』表紙篇 田中すけきよ著 (自費出版)
『すごいぞ!おかあさん』きいろいばらの巻、テレビのカレーの巻 2016年9月刊(河出書房新社)
『元祖水玉本舗』その1、その2 2017年2月刊 (本の雑誌社)

 長年ずっと読んでいた「SFマガジン」掲載の『SFまで〜』とかもあるけど、婦と生活社の雑誌「ね〜ね〜」に連載されていた『すごいぞ!おかあさん』は雑誌も作品も存在を知らなかった。パンピー向けの育児雑誌のようなのに、しっかり中味にオタク要素がインプットされていて、15年という誌上最長連載になっているところがすごい。
 ご本人が、あまり自分の作品をまとめたりする気がなかったようで、亡くなってタガが外れたら、どんどん出版されるようになった。それでも、 連載以外にお雑誌の表紙やカットをいろいろ描いていたようで、初出が拡散している。資料捜索に自費出版もしている田中すけきよさん、編集にさいとうよしこさんが尽力されている。ありがとうございます。

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2017年3月 8日 (水)

マンガ『いつか緑の花束に』

 イベントネタを追いかけて、本ネタが随分後回しになっている。書き逃してしまいそうなものも多々あるが、押さえておきたいネタを少しずつ入れていきたい。

『いつか緑の花束に』吉野朔実著(小学館)
 吉野朔実さんが亡くなったのが、昨年の4月20日。その後、昨年の12月に、月刊flowes6月号に載った最後の読み切り作品をタイトルにした単行本が発行された。中味は表題作のほか、同じく1月号に載ったSFな『MOTHER』とその続編のネーム、設定ノート、それに関連しそうな『劇団ソラリス』という作品のネームなど約100Pの孵化できなかった作品たち。ああ、切ない! まだまだ、まだまだ、作品を読ませてくれたら!! どんなに幸せだったか!!! と心残りが増大する1冊だった。

 作者がなくなると、関連したものが出版される。「本の雑誌」に連載されていた「吉野朔実劇場」は最終巻(第8巻)『天使は本棚に住んでいる』と同時に、全8冊を1冊にまとめた『ALL IN ONE 吉野朔実は本が大好き』が未収録6作を加えた増補版で発行された。うむむ……、小賢しい方法を……。ええ、買っちゃいましたよ!
 また、エクスナッジから『吉野朔実のシネマガイド シネコン111』が新装復刊された。これは以前、「映画はあまり観ているものが重ならないなあ」と思って、パスしちゃったものなのだ。もう、新作がないのだと思うと、これも買ってしまった。

2017年3月 7日 (火)

書籍『超展開バレエマンガ 谷ゆき子の世界』とイベント「やっぱりすごいぞ! 谷ゆき子」

『超展開バレエマンガ 谷ゆき子の世界』図書の家編集 倉持佳代子編集協力 (立東舎)
 今でこそ家にはマンガだらけだが、私が子どもの頃は、周囲のあまりマンガはなかった。中学校になって別マ(別冊マーガレット)を買いだして、友人とマンガ雑誌の交換を始めるまで、いわゆるマンガ雑誌はなかった。しかし、親にずっと「小学○年生」の学習雑誌を買ってもらっていて、そこに載っているマンガが小学生の私にとって全てだった。それらのマンガは何度も読み返したのでけっこう覚えている。その中でも、鮮明なのは谷ゆき子、北島洋子、佐川節子、もう記憶の中にしかないが絵柄はすぐわかるし、ストーリーも部分的に覚えている。機会があれば読みたい。他にもアニメ化されたすずき真弓の『さすらいの太陽』、川崎のぼるの『いなかっぺ大将』なんかも載っていた。
 そんな記憶の中にしかいなかった谷ゆき子さんについての研究書が発行された! おお、懐かしや!! 谷ゆき子さんが学年誌にバレエマンガを描いていたのは1966年から10年間ほどらしい。タイトルが『○○星』というので、星シリーズと言われているが、ひとつの連載は学年が1年ずつ上がって続いていくので、この世代の周辺は何を読んでいたかで当時の学年がわかる。私は『白鳥の星』で、主人公の名前はカンナちゃんだったなあ。でも、2学年下の弟の雑誌も読んでいたようで、少しストーリーが混じる。残念ながら、原稿がほとんど残っていないとのことで、雑誌から『バレエ星』が2話分掲載されている。今思えば、「うっそ〜」というようなぶっとんだ展開だが、小学生の頃はそんなツッコミはしなかった。毎月楽しみに読んでいたのよ。少女マンガの生き字引のような「図書の家」のお姉さまがたが編集されているので、雑誌別の掲載年表や谷ゆき子さんの年譜も詳細でわかりやすくて、さすがである。

 この本の出版記念に、京都国際マンガミュージアムで、2016年10月27日(木)〜2017年1月31日(火)まで「ミニ展示「すごいぞ!こわいぞ!谷ゆき子!が開催された。それに併せた企画で、谷ゆき子さんのご長男の谷垣宏尚(ひろたか)さんをお迎えしてのトークイベントが「やっぱりすごいぞ!谷ゆき子!」が、1月29日(日)14:00〜16:00に開催された。件の書籍には、編集協力として、当ミュージアムの研究員の倉持佳代子さんが参画されている所以だ。ああ、京都に住んでてよかったなあ。運良くオモテ稼業も休日に当たっているし、行ってみよう。しかし、今までのトークイベントは講堂で10時から整理券配布なんだが、今回は2階のギャラリーだし、定員30名申し込み不要と書いている。大丈夫か?と、念のために1時間前にマンガミュージアムに着いたが、それらしい人は2〜3人。大丈夫そうなので、先に展示を観て回る。ミニ展示では奇跡的に残っていたというマンガ原稿があった。線が細くて、とても綺麗な原稿だ。ああ、もったいない。当時の印刷の粗悪さが悔やまれる。
 トークイベントは空いていた。関係者らしきギャラリーも含めて二十人弱か。興味のターゲットが絞られるのかなあ。もったいない。登壇者は、ご長男の谷垣宏尚さんと倉持佳代子さんと京都精華大学国際マンガ研究センター研究員の雑賀忠宏さん。谷垣さんは、声も大きいし、いやに喋り慣れているなあと思ったら、劇団の俳優さんだった。なるほど。でも、3歳から関西にいるにしては、あまり関西弁のイントネーションがない。話が途切れず、あっと言う間の2時間で、「ムチャクチャな母親だった」と言いながら、この母にして、この子ありで、この作品あり。親子とも個性的であるけど、なんやかやいいながら仲がよかったんだろうなあ。最後に客席にもマイクが回ってきて、「私の谷ゆき子体験」を3人ほど語った。ちょうど横に座っていた人が同じくカンナちゃん世代、それに「図書の家」の小西さんも来場されていて、同じくカンナちゃん世代だった。う〜ん、トシがバレバレね。同い年なら怖くないけど。

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2017年3月 6日 (月)

映画「この世界の片隅に」

「この世界の片隅に」2016年11月12日公開 129分
 この映画は不思議な公開のしかたをした。京都でははじめにイオンシネマ桂川で公開。それとは別に、立誠シネマ→みなみ会館→京都シネマと京都の単館上映館がリレー式で上映している。(現在進行形)その途中で、他のロードショー館が相次いで公開を始めた。現在、単館上映館とロードショー館が並行して上映されているが、この現象は今までみたことがない。私の好みでは、立誠シネマでダラ〜っとくつろいで観たかったけど、予定が合わず、みなみ会館(ここも好きだけど)で観て来た。
 こうの史代さんのマンガは何冊か読んだことがあるが、この作品は未読。でも、この映画は、こうのさんのマンガから抜き出たような雰囲気だった。戦前戦後のどかな人々や暮らしと容赦ない現実、それを画面の絵とセリフの行間でまざまざと見せつけている。説明的なセリフがない。すずの出身は広島のどこかとか、すずの嫁ぎ先の様子とか、日常の暮らしを淡々と追うことで読み取っていく。広島産業奨励館界隈の賑わう情景を描くだけで「ああ、ここに原爆が落ちてしまうのだ」と誰もが切なくなる。すずが道に迷った場所が呉の遊郭街だとはどこにも語りがない。でも、後で空襲があって丸焼けになったところに含まれているとわかる。食糧事情や防空壕へ隠れる様子から、戦争がだんだん身近に深刻になっていくことが読み取れる。空襲の不発弾の爆発で姪と自分の右手を無くしてしまう時、あれほど絵を描くのが好きだったすずが、「絵を描けなくなった」と言って嘆くシーンが一言もない。戦争の終盤にはそう言った楽しみを味わうことも、楽しみを無くして嘆くこともできないほど、人々は切羽詰まっていたのだ。「うちはぼんやりしとるけの〜」と言いながら、現実に押しつぶされそうなすずの心が垣間見える。
 主張がない分、観る側の読み取りによって、感想が十人いれば十人とも違うだろう。年代にも性別にも出身地にもよっても違う。そして、後でパンフレットなど読んでも新しいことに気づき、2回に観たら1回目で気づかなかったことを読み取り、他の人の感想を聞いてなるほどと思い、広がりを見せるいい映画だった。

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