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2014年5月

2014年5月28日 (水)

GW関東遠征その3 祝コミティア30周年

 毎年、「混んでてたいへん」といいながらGWに東京へ行くのは、コミティアのサークル参加にあわせているからだ。土日祝は交替勤務なのだが、GWぐらい土日祝が集中するとどこか1日ぐらいはぜひ休みたい希望を押さえられる。それを5月5日にして、前後をできたら1〜2日休めたらいいなあという具合に職場で調整している。なんせ、コミティアの申込みは4月の年度初めの人事異動以前なので、現場の状態がどうなるかわからないのに、見切り発車でそれ以上の予定は入れられない。なので、コミティア当日に朝6時台の新幹線で行くことになったり、仕事が終わって夜に東京入りして翌日の夕方帰ってくるという1泊1日になってしまった年もある。
 そうやって、主に年1回だけど参加していたコミティアが、今年めでたく30周年! 昨年100回記念をしたような気がするが、そう考えると毎年3〜4回開催し続けていたことになる。そして、このコミティアから多くの人がプロマンガ家に巣立って行った。この永年の功績が認められて、代表の中村公彦さんが文化庁メディア芸術祭功労賞を受賞した。継続は力なり。すばらしい! おめでとうございます!! 会場では、花や功労受賞の楯も飾られ、記念誌『コミティア30thクロニクル』全3巻のうちの第1巻が出版された。700Pのボリュームだ。

 私事ながら、そういや昨年、就職して30周年だった。でも、直前で永年勤続特別休暇制度(いわゆるリフレッシュ休暇)も廃止されるし、家でも職場でも節目のイベントはなにもなかった。私がペーペーの社会人になった年月とコミティアはほぼ同じ年月を歩んできたのか。大きくなったねえ、コミティア(しみじみ)。今でも、はじめて参加したときのことを覚えている。1985年9月15日の第3回の時だった。サークル名は違っていたけれど、大学漫研の友人とオフセットで卒業記念誌をつくって参加したのだ。中村さんが新代表者になった回だったのね。飯田橋のRAMLAという商店街の通路という場所も印象的だった。それにその頃、地方からの直接参加は参加費無料という告知があったので、それに背中を押されてみんなでおのぼりさんをしたのだった。『ティアズマガジン』はずっと保管しているので確認してみると、個人サークルになって、現在のサークル名で参加しだしたのは、1994年の第27回の時だ。ちょっと間が空いているが、その頃には、コミティアは1000サークルを超えていた。その頃から子連れスペースが設置されて、私もありがたく活用させてもらった。一昨年、次男が中学校になるのを機に卒業したが、今も家で「東京の即売会に行く」というと、「タタミがある?」と聞いてくる。
 中村さんは「コミティアはずっとやります」宣言をしていた。コミティアの30年の節目を祝いつつ、これからのコミティアの進化しつづけていくことを願って、末永く応援していきたい。
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2014年5月27日 (火)

GW関東遠征その2 風穴・氷穴・竜宮洞穴・コウモリ穴

 というわけで、5月4日は、穴だらけ。この富士のすそ野の河口湖(かわぐちこ)周辺は、京都だと嵐山のようなけっこうな観光地だったが、それを過ぎて西湖(さいこ)周辺になると、次第に人が少なくなってきた。しかし、富嶽風穴・鳴沢氷穴は有名処なので、GWの真っ最中だから家族連れやカップルも多くて、人が盛り上がっていた。暖かくてよい天気だったのもあって、軽装で腕や足がまるだしだったり、おしゃれな服やカバンや靴の装いの人もいて、「これで穴に入るの?」とちょっと疑ってしまう。いや、そういう人たちは、メインの目的は穴じゃないのだろうな。
 レトロバスのルートには「富嶽風穴」というバス停があり、鳴沢氷穴はそこから青木ヶ原樹海の遊歩道を歩いて20分ぐらいのところにある。車で来ている人が多いようで(だから道が混むのか)、どちらの入り口にも駐車場が完備されているので、遊歩道を歩いている人は意外と少ない。
 風穴・氷穴、どっちがおもしろい?といったら、なんといってもオススメは氷穴だ! 風穴は、あまり高低がなくて平行移動なのだが、氷穴は竪穴で、身をかがめて歩かなければならない狭いところもあるし、とってもスリリング! 美しい氷柱もあるが、地面が凍っていて滑ったり、水たまりがあったりして、ちょっと要注意だ。あ、でも、風穴の貯蔵庫も年季がはいっている風がとてもいい。
 「富嶽風穴」の一つ先に「竜宮洞穴入口」のバス停がある。地図で2kmぐらい、歩いていけないこともなかったが、ちょうどバスが来たので乗って、2〜3分。竜宮洞穴は、中が崩れているので入ることは出来ない。案内の看板が立っていて、入り口に祠があるだけで、入場料もいらない。でも、近づくだけで冷気を感じる。樹の根のはびこり方とかもステキ。ここはググってみても、ほとんどネタが拾えないのだが、なんか心霊スポットとかパワースポットという紹介をしているところもあった。当日は数人の観光客はいたが、きっと平日なら貸切状態かも。
 そこからもう一つ先のバス停が「西湖コウモリ穴」だ。地図でおよそ3kmだが、歩くとハードそうなので、バスを待ったら時刻表で10分ぐらいで来るはずが、40分ぐらい待った。いや、竜宮洞穴のバス停前の道はスイスイなんだけど。コウモリ穴は以前、バスツアーで来たことがある。こちらも風穴のような横穴式だが、こっちのほうが狭い。ちゃんと?入り口でヘルメットが全員配布され、手摺りが足下にあるくらい狭い。何度来ても楽しい。
 さて、これであとは駅に戻るだけなのだが、バスが来ない。この時点でまだ東京駅行きのバスに3時間以上余裕を持たせていたので、1時間以上待たされてもまだアセらずにすんだが、この時期の時間予測はむつかしい。待っている間に、富士山コーラ(色は白いが、コーラの味がする)を飲んでみた。バスの遅れで店に立ち寄る時間はあまりなかったのだが、世界遺産登録以降、おみやげものは富士山アイテムばかりになっていた。富士山に登ってきたわけではないので、なんだかなあ…と思ってしまった。

写真は、風穴の貯蔵庫、氷穴の氷柱と入り口、竜宮洞穴の祠、富士山コーラ
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2014年5月24日 (土)

GW関東遠征その1 バス移動の長所短所

 4月末に告知した、コミティアがらみの遠征だが、あわせて、山梨県の富士山麓にある鳴沢氷穴・富嶽風穴に行ってきた。今回は前半、バスにたくさん乗った。風穴氷穴は、「行くならやっぱり夏だろう」と思っていて、ネットなどで資料を集め出したのが2009年…… しかし、夏はSF大会とコミケでイベントメインになるし、オモテ稼業の定休日がなくなって完全交代制の出勤になるので、ここ何年か考えても、どうしても行けない。今回もなかなかキツキツなのだが、京都から夜行バスで朝に河口湖入り、鳴沢氷穴・富嶽風穴を巡って、夕方の高速バスで東京入り。いちおう、これで丸1日、ほぼ10時間を現地でキープ。富士急行とJRという手もあるのだが、乗り継ぎを考えると時間も費用もかかる。最近は、高速バスもインターネットで座席をとって、クレジット決済して、バウチャーチケットをプリントアウトして持っていけば乗れる。なんて便利になったんだ。しかし、この計画には落とし穴があった。……GWの道はメチャメチャ混んでいるのだ。
 夜行バスは順調だった。問題はそれ以降。現地では、レトロバスという周遊バスがあり、それが河口湖を通って、西湖まで約1時間に1本巡回していて、周遊券を購入すると2日間乗り降り自由。使うのは1日だけだが、風穴氷穴の往復賃よりもこちらがお得。コースのなかに竜宮洞穴とコウモリ穴もあったので、時間があればこれも行くことにした。夜行バスで河口湖駅について、かんたんに朝食をすませて、コンビニで昼のおにぎりを買って、9時台の1便目レトロバスに乗るが、乗り切れずに臨時バスも出たようだった。この周遊バスが、昼前になると時刻表が役に立たないほど遅れていた。どうも「富嶽風穴」のバス停の手前、ふだんは所要3分で走れるはずの国道139号線の部分が渋滞で動かず15分〜30分もかかるので、どんどんズルズル遅れていったのだ。
 それでも、そのあとの東京駅行きの高速バスを18時で余裕を持ってとっていたので、目的の穴4つはクリアして、駅で軽食も食べた。その高速バスだが、東京駅21時前の到着予定だったが、山梨のほうで何カ所かで客を拾って高速に乗るまでに2時間を過ぎてしまった。比較的前の座席だったので、運転手さんの無線が聞こえるのだが、あちこち大渋滞のようで、抜け道相談をしていたり、「今日中に到着できたらいいですねえ」というようなセリフも聞こえる。今日は満席のはずなのだが、山梨のほうでけっきょく半分ぐらいしか乗ってこなかった。高速に乗っても事故規制があったらしく、到着時間になっても、山梨県を脱出できていなかった。周囲は暗いのでどこを走っているかは見えないのだが、iPadのGPS付きの地図はリアルタイムで現在位置がわかるので、こんな時におもしろい。結局、東京駅に着いたのは夜の12時前だった。
 運転手さんは本当にお疲れ様でした。

2014年5月14日 (水)

「南座 春の特別舞台体験」

 これも、地元の新聞に広告が載っていた。春は固定資産税や自動車税や子どもの学費と出費が重なるし、コミティアの東京遠征も控えているので、その他の娯楽は安近短ですまそうとしているのだ。
 実は、京都四条の南座は入ったことがない。歌舞伎が特に好きというわけではなくて、子連れでも行けないし、席料は高いし、今はそうでもないかもしれないがチケットとるのが大変というイメージがあって、手を出していなかったのだ。だけど、「迫(せ)り」や「廻り舞台」といった昔からのギミックや舞台裏はとても興味がある。
 4月24日〜29日の間、「春の特別舞台体験」と称して、1回45分で1日全8回で予約を受け付けている。家族で行こうかと思っていたが、ネットでみると既に週末。祝日は満席だったので、平日に一人でこっそりと行ってきた。この期間は、早めに行ったら、文化財である南座のいろいろな席や調度や道具も見学できるし、他のグループが舞台体験をしているのを席から見学することも出来る。南座の歴史や設備を解説しているパンフレットももらえる。
 舞台体験は、おはなし上手な案内役に導かれ、花道から入って、廻り舞台で1周して、迫りで上がって、奈落に下がって、緞帳を上げて登場するなど。花道の小さな四角い迫りは「スッポン」、舞台も客席も全部照明を落として、緞帳があがったらパッと照明がつく登場は「ちょん」というのだということや、緞帳の内側には「火の用心」と書いてあるなど、ちょっとマメ知識ももらえる楽しい体験だった。

2014年5月13日 (火)

「チベットの仏教世界 ーもうひとつの大谷探検隊ー」

 龍谷ミュージアムにて、4月19日〜6月8日まで開催中。地元の新聞に大きく宣伝が載っていて目について、好きなテーマでもあるので、行けるうちにと思って早々に行ってきた。宣伝が大きかったのは、京都新聞が共催しているからだったのだ。
 龍谷ミュージアムははじめて行ったけど、龍谷大学の施設で、場所は西本願寺の向かいにあり、新しくてきれいな建物だった。改装したのかな。そんなに大きな施設ではないし、地味目な展示だからか、初日土曜日なのに、空いていて、ゆっくり観ることができた。
 西本願寺第22世宗主、大谷光瑞の探検隊といえばシルクロード探検だが、チベットにも人を派遣していたのだ。でも、探検隊というより、青木文教(ぶんきょう)と多田等観(とうかん)という2人の若い僧を向かわしたのだった。その頃のチベットは、ダライラマ13世の頃。展示は、その二人が持ち帰ったものや、所持品や衣類などがある。ことに、二人が現地で撮影した写真がその当時のチベットを垣間見られていい雰囲気。チベット語の単語帳や旅の行程での記録などもおもしろい。

2014年5月12日 (月)

金原瑞人講演会

 毎春、この時期になるとあちこちで開催されている「子ども読書の日記念事業」。今年は京都市図書館主催で、翻訳家の金原瑞人さんの講演会が京都アスニーで開催されたので、行ってきた。
 私の金原瑞人さんとのファースト・インパクトは、1980年代の福武書店のBestChoiceシリーズ。このシリーズで、ジュマーク・ハイウォーターの『アンパオ』やウェストールの『かかし』、スーザン・プライスの『ゴースト・ドラム』と今まで知らなかった作家のすごく面白い作品を次々と出版され、それが軒並み金原さんの翻訳だった。なので、なんとなく「金原さんの訳書はフィーリングがあう」と刷り込まれてしまった。その後、福武書店は出版業をやめてしまったが、金原さんは翻訳者としては珍しく、あれよあれよと有名になり、訳書もたくさん出てきて、追っかけられなくなった。でも、ミッチ・カリンの『タイドランド』のように、知らずに「お、これおもしろそう」と手に取ったら、金原さんの訳書だったりするので、うん、まだ私のカンはぶれていない。
 でも、ナマの金原さんを拝見するのは、今回が初めて。印象は、なんか、年齢不詳の永遠のヤングアダルトって感じだった。1954年生まれというから、御年60歳、還暦のはずだよ。いや〜、そんな感じはまったくしない。少し早めに行くとアスニーと同居施設の京都市中央図書館の児童コーナーで、中学生と語るイベントをやっていた。服装も口調もとても気さくな感じで、「中学校の頃、英語は得意じゃなかったよ」とか、おはなししていた。その後の講演会で、着替えてくるのかなあと思ったら、同じ格好で、話し方もそうかわらなかった。みんな図書館に寄らずに早めに会場にきたのか、先着100名だが、席は3分の2以上ふさがっていた。思った以上の人気。でも予備椅子を後ろに出していたので、入れなかった人はいないようだった。最近の訳書『ジョン万次郎』から、その時代の翻訳事始め、日本語の縦書き横書き談義、翻訳は文化のぶつかり合うとか、映像等の助けなしに、しゃべりだけで楽しい講演だった。
 チラシにサイン会もあると書いてあったので、ダメもとで1冊本を持っていったら、入場のとき、まだ整理券が残っていた。いちばん印象的な『アンパオ』を持って行った。サインしていただくとき、「この著者の『幻の馬』の第4部をずっと待っていたのですが」と言ったら、「あれは、ついに出ませんでしたね。がんばって英語で読んで下さい」と言われました。原作は出版されているらしいが、邦訳や出せなかったということらしい。でも、今に至っては、原書も絶版では……

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