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2012年9月 7日 (金)

書籍『わたしの少女マンガ史』

 『わたしの少女マンガ史 –別マから花ゆめ、LaLaへ-』小長井信昌著 (西田書店)
 私の年代の10代、1970年代はまだ少女マンガ雑誌は少なかったが、中学・高校でマンガを読む子はマーガレット派か、少コミ(少女コミック)派か、少フレ(少女フレンド)派か、りぼん派かに分かれていた。それになかよしとセブンティーンを加えると、その年代の少女マンガ雑誌は全部だったかと思う。中高生時代は数人の友人と分担して、雑誌をまわしていた。みんなで「週刊マーガレット」を順番を決めて買っていた。私は「別冊マーガレット」を毎月買っていて、他に「別冊少女コミック」と「週刊少女コミック」と「別冊少女フレンド」と「週刊少女フレンド」と「りぼん」を買っている子がいて、雑誌がグルグルグルグルまわっていたのだ。その途中で創刊した「花とゆめ」も読んでたので、忘れたけどだれかが買っていたのだろう。私は「LaLa」を創刊号から買っていた。そして、高校を卒業すると同時に、そのマンガネットワークは終わった。グッと少女マンガ雑誌を読む機会が減った。反対にマンガ雑誌のタイトルがどんどん増えていって、もう追いかけられなくなった。「別マ」はその頃からついていけなくなり、もっぱら「LaLa」(としばらくは「Wings」)を買っていて、その後その路線もついていけなくなり、「プチフラワー」(現「フラワーズ」)を創刊されたときに乗り換え、今に至る。
 前置きが長くなったが、この本の副題にある「別マから花ゆめ、LaLa」がまるごと自分のマンガ読書歴の路線に重なるのだ。昔はそんなに娯楽もなかったし、カネもなかったから、別マもLaLaも何度も何度も読み返したので、いまでもけっこうよく覚えている。別マのマンガスクールも切り取って保存している。マンガスケールも持っている。今は大御所のマンガ家さんの投稿時代も知っている。「デラックスマーガレット」や「花とゆめ」「LaLa」の創刊にこんなウラ話があったのか。白泉社のできたときの疑問もとけたぞ。ああ…なにもかもが皆なつかしい……
 小長井さんのお名前はそのころ全く知らなかったが、私のマンガ漬けの青春時代を作ってくれた人だったのね。当時関わったマンガ家さんたちにも慕われている様子で、巻末には「別マ・花ゆめ・LaLa合同同窓会」と銘打って小長井編集長が白泉社の社長になった記念に開かれたパーティのパンフレットが掲載されている。すごいメンバーだ。もうお亡くなりになった三原順さんや和田慎二さんもいる。
 この1970年代、80年代どっぷり少女マンガ漬けになっていた人にはなつかしさいっぱいのお勧めの1冊だ。

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コメント

これは面白そう!
少年マンガはこういう本が幾つか出ていますが、少女マンガだと初めてですかね。
昔は「花ゆめ」を毎号欠かさず立ち読みしていたものです……(回想モードへ)。

遅ればせながら、ぜひ読んで下さい!
きっとツボですよ。
「花ゆめ」は創刊当時、「白泉社ってなにもの?!、どうして別マの陣営がこんなに移動してるんだ?!」と思ったものです。

読了しました。
白泉社のマンガ家を大挙引き抜いたY社ってどこなんでしょうね?思い浮かばず……。あと、K社に大勢移動した事件は書かれてないのはなぜっ。

回顧談だけでなく、マンガ論的な部分も色々と面白かったです。

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