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2012年9月

2012年9月27日 (木)

掃海艇「まきしま」一般公開

 自衛隊も基地祭や一般公開も今年度になってから、徐々に再会されてきた。今は尖閣諸島などの領土問題が緊迫した状勢だが、東日本大震災の有事からは少しずつ日常にもどりつつあるということだろう。江戸時代250年の平和にならって、第二次世界大戦以後60余年の平和が更に長続きしてほしいものだが。(ヤン・ウェンリーみたいなセリフだね)
 さて、その第二次世界大戦にばらまかれた機雷や不発弾がまだ海の底に沈んでいる。時おり、漁の網にもかかるらしい。その捜索や処分を行っているのが掃海艇だ。今回、バスツアーで、掃海艇「まきしま」を見学できるツアーがあったので参加した。折りしもその日は、小松基地の航空祭もあって、小松は以前2回行ったが、どちらも天候が悪かった。3度目のリベンジも考えたのだが、「まきしま」は初めてだったので、こっちに申し込むことにした。掃海艇「まきしま」(MSC677)が碇泊している海上自衛隊阪神基地隊は神戸の六甲アイランドの近くにあるので、京都からは比較的近い。それも見学時間は指定されていて、1時間弱なので、バスツアーは、明石大橋たもとの舞子プロブナードと神戸ハーバーランド(自由昼食はここで)がオマケに着いていた。オマケのほうが所要時間が長かったが、そこを回ったあと、「まきしま」の見学は3時からなので、2時半過ぎについて、前の広場で待機。朝は雨が降っていたが、舞子に着く頃は曇りになっていて、基地についたら薄日がさしていた。ツアー参加者は22名、そのうち6人ぐらいがおひとり様というのはけっこう高い率だと思うが、そういう人たちはディープそうな人がそろっていた。
 中型掃海艇「まきしま」は、見た目そんなに大きくない。最大の特徴は、磁気機雷を避けるために船体が木造でできていることだ。金属部分もアルミや銅の合金らしい。木造の掃海艇は、横須賀や舞鶴でも遠目にはみたけれど、中に入るのは初めてだ。担当の人がついて、甲板や操舵室などいろいろみせてくれた。後ろの方には機雷の処分具や掃海装置、救命ボート、前に方には20mm機関砲があった。操舵室ではイスに座って写真もOKというオープンぶりだった。中は狭くて、階段は急勾配で、乗り心地はあまりよくないかも知れない。
 私は知らなかったが、阪神基地隊では、掃海艇の一般公開は、碇泊していれば月1回行っていて、個人でも参加できるとのことだ。この日も、家族連れが2組、いっしょに見学していた。教えてもらって、帰宅後ホームページをみてみたら、お知らせも載っていた。


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2012年9月16日 (日)

映画『ヘルタースケルター』

 以前ブログで、原作のマンガを「今まで読まなかったことを後悔した」と書いた岡崎京子の『ヘルタースケルター』が映画化された。
8月末までは公私ともとても繁忙だったので、公開がおわるぎりぎりに駆け込んで観てきた。
 ストーリーはほぼ原作に忠実だったが、マンガの見せ方と映画の見せ方は違うし、どっちもよかったから、比較できない。観る人それぞれかもしれないが、私にとっては。原作の、1冊にぎゅっとつまって、平行していくつかの話がすすむ複雑な展開、コマとコマの「間(ま)」の絶妙さ、絵の読ませ方は、そのまま映画に写し取るのは不可能だろう。メディアが違うのだから当たり前だ。
 蜷川実花監督のこの映画では、モノクロのマンガと違い、極彩色の鮮やかな世界だった。狂気を匂わせる衣装や調度品、現実と幻想の狭間のような舞台だ。マンガのコマや台詞を、映像で表現するとこのように転身させるのかとうなる場面もいろいろあった。役者にそれほど思い入れはなかったが、沢尻エリカはとても「りりこ」だったし、ママさんの桃井かおりもよかったし、他の役者もほぼイメージどおりだった。見せ方はちがうのに、映画『ヘルタースケルター』は、ほとんど原作とブレがなかった。
 加えて、映画のパンフレットがステキ。赤が基調としたそれは、ページの開き方も凝っていて、読み応えもたっぷりだった。

2012年9月11日 (火)

マンガ『WOMBS(ウームズ)』3巻

『WOMBS(ウームズ)』 白井弓子著(小学館) 
第1巻が2010年2月、第2巻が2011年2月の刊行、2巻目に、第3巻は「2011年12月頃刊行」と巻末に予告されていたが、出たのは2012年5月…… まあ、だいたいこういう予告は遅れることはあるけれど早くなることはない。第3巻は初めの17話以外は描き下ろしになった。遅れたのはそのせいか? でも、打ち切りにならなくて良かった。まだナゾは増えたけれど、明かされていないのだから。サウラ中佐やアルメア軍曹らが戦場で戦ったWOMBSの前史も少しずつ明かされ、これからどうなっていくのかハラハラドキドキの展開なのだ。早く読みたいけど第4巻は「2013年春頃」らしい。新刊がでるたびに、前の巻を読み返さなくてはならん……

2012年9月 9日 (日)

マンガ『空挺懐古都市』1巻

 『空挺懐古都市』 石据カチル著 (小学館)
 このマンガは、当初、雑誌「フラワーズ」に新人の読み切りとして掲載された。きれいな丁寧な絵で、ネタはSF、もろ私好みでハガキアンケートにもよかったマンガに推していた。その後、姉妹誌の「凜花」に連載が始まったので、私も含め、よほど読み切りの評判がよかったのだろう。このパターンは、以前の紫堂恭子の『辺境警備』を想い出す。
 その後に出たこのコミックスが、また新人らしからぬ豪華版! 大判で、カバータイトルは金の箔押し。しかも巻号つき。(続巻がでるということね) 第1作の「フラワーズ」に載っていた短編はepisode.0となっていて、その後に見開きの内表紙が入り、目次が入る。う〜ん、凝ってる。
 海面上昇が起きて陸地が狭められていく未来、ラピュタのように空中に浮かぶ理想都市『空挺懐古都市』、そこにはびこるアムネジアのような記憶の病、鍵を握る女神様らしき少女とまだ正体がわからない研究機関。次巻も期待したい。

2012年9月 8日 (土)

マンガ『萩尾望都作品集 なのはな』(単行本)

 『萩尾望都作品集 なのはな』萩尾望都著 (小学館)
 雑誌掲載時にブログに記事をあげたが、震災から1年を過ぎた2012年3月に、その後の放射性物質擬人化のSF3部作と描き下ろしの『なのはな –幻想『銀河鉄道の夜』-』をあわせて単行本として発行された。望都サマの作品はだいたい雑誌「フラワーズ」掲載時に読んでいるので、単行本が出たときあらためて感想を書くのをつい忘れてしまっている。
 この単行本、装丁がとても凝っている。カバーは白で銀の箔押し、無地の型押し、文字は黒、帯と遊び紙はマットな銀の紙、後ろの遊び紙と表紙3はその紙に白抜きの菜の花が描かれている。地味だがとても贅沢。そして、そのカバーをとると、鮮やかな菜の花の黄色が目にしみる。
 『なのはな』も『なのはな –幻想『銀河鉄道の夜』-』もなんど読み返しても、泣けてくる。静かな怒り? 怒りというより切なさ? 放射性物質擬人化のSF3部作は、人間が愚かさを抜け出すのは並大抵の覚悟ではできないことを感じてしまう。主義主張を声高に叫ぶ作品よりも、ひとりひとりに考えることを与えてれくる静かな深い作品だ。

2012年9月 7日 (金)

書籍『わたしの少女マンガ史』

 『わたしの少女マンガ史 –別マから花ゆめ、LaLaへ-』小長井信昌著 (西田書店)
 私の年代の10代、1970年代はまだ少女マンガ雑誌は少なかったが、中学・高校でマンガを読む子はマーガレット派か、少コミ(少女コミック)派か、少フレ(少女フレンド)派か、りぼん派かに分かれていた。それになかよしとセブンティーンを加えると、その年代の少女マンガ雑誌は全部だったかと思う。中高生時代は数人の友人と分担して、雑誌をまわしていた。みんなで「週刊マーガレット」を順番を決めて買っていた。私は「別冊マーガレット」を毎月買っていて、他に「別冊少女コミック」と「週刊少女コミック」と「別冊少女フレンド」と「週刊少女フレンド」と「りぼん」を買っている子がいて、雑誌がグルグルグルグルまわっていたのだ。その途中で創刊した「花とゆめ」も読んでたので、忘れたけどだれかが買っていたのだろう。私は「LaLa」を創刊号から買っていた。そして、高校を卒業すると同時に、そのマンガネットワークは終わった。グッと少女マンガ雑誌を読む機会が減った。反対にマンガ雑誌のタイトルがどんどん増えていって、もう追いかけられなくなった。「別マ」はその頃からついていけなくなり、もっぱら「LaLa」(としばらくは「Wings」)を買っていて、その後その路線もついていけなくなり、「プチフラワー」(現「フラワーズ」)を創刊されたときに乗り換え、今に至る。
 前置きが長くなったが、この本の副題にある「別マから花ゆめ、LaLa」がまるごと自分のマンガ読書歴の路線に重なるのだ。昔はそんなに娯楽もなかったし、カネもなかったから、別マもLaLaも何度も何度も読み返したので、いまでもけっこうよく覚えている。別マのマンガスクールも切り取って保存している。マンガスケールも持っている。今は大御所のマンガ家さんの投稿時代も知っている。「デラックスマーガレット」や「花とゆめ」「LaLa」の創刊にこんなウラ話があったのか。白泉社のできたときの疑問もとけたぞ。ああ…なにもかもが皆なつかしい……
 小長井さんのお名前はそのころ全く知らなかったが、私のマンガ漬けの青春時代を作ってくれた人だったのね。当時関わったマンガ家さんたちにも慕われている様子で、巻末には「別マ・花ゆめ・LaLa合同同窓会」と銘打って小長井編集長が白泉社の社長になった記念に開かれたパーティのパンフレットが掲載されている。すごいメンバーだ。もうお亡くなりになった三原順さんや和田慎二さんもいる。
 この1970年代、80年代どっぷり少女マンガ漬けになっていた人にはなつかしさいっぱいのお勧めの1冊だ。

2012年9月 6日 (木)

『小松左京マガジン』46号

 ここんとこ、感想UPが遅れ遅れだったが、今度は早めに書けたぞ!
 8月の終わりに届いた今号には、7月に行けなくて悔やんだ1周忌イベントのレポートが載っていた。
7月16日「宇宙の知性と融合した”うかれ”小松左京に出会う会」(大阪梅田・サンケイホールブリーゼ)と7月21日「小松左京ナイト 小松左京のSF宇宙を見る」(大坂市立科学館)。7月16日は夏風邪をひいて寝込んでいた。(このために出勤を交替して休日を確保したのに(T_T)) 7月21日は、このイベントがあることを知る前に維新派のチケットをとってしまっていた。ああ、悔しい! あ、もちろん維新派も好きなんだけど。
 7月16日は澤田芳郎さん、石毛直道さん、米朝師匠、髙田公理さん、下村健樹さん、もちろん乙部さんと勢揃いで、第1部はパネルディスカッション、第2部は映画「さよならジュピター」で、900人入るブリーゼのホールがほぼいっぱいだったらしい。7月21日は、堀晃さん、福江純さんらの出演で、昨年の「小松ロケット」の映像もプラネタリウムに流され、300人ほぼ満席だったとのこと。この2イベントの様子は他にも、堀晃さんのHP日記「マッドサイエンティストの手帳」にも書かれていて、あわせて読むとおもしろい。米朝師匠はこのときはお元気に登場されたらしいが、その後ころんで骨折されたという新聞記事を見たのでちょっと心配だ。私がディープ医学博士と勝手に呼んでいた下村健寿さんは、いつのまにか下村健樹さんとペンネーム(どっちが?)を代えて、肩書きも「分子生物学者」になっていた。初めチラシをみたとき、誤植か?と思ってネットをみてみいたら、健樹名で電子図書も出してるし、イギリスから日本に帰ってきて新しい仕事をはじめたのかなあと思った。
 人生の転機ではないが、今号の「小松左京マガジン」の送り状に、「来年小松の三周忌を済ませたあとの第50巻をもって『小松左京マガジン』を終えることにいたしました。」と記されていた。3周忌……、50巻……、初めあれば終わりがある。これもひとつの区切りなのか。でも、小松SFは永遠です!

2012年9月 5日 (水)

伏見の十石舟

 しばらくオタクな本の話題が続くので、ちょっと一般的なネタを。
やっと夏の繁忙期が終わり、ほぼ一ヶ月ぶりに2連休がとれて、1日出歩く元気が残っていたので、友人と二人で、近いと案外行かない京都の伏見に行ってきた。京阪電車の伏見桃山駅と中書島駅の間の一帯は、地元の商店街があり、坂本龍馬の定宿・寺田屋や月桂冠大倉記念館や黄桜カッパカントリーや鳥せい本店や、近くには御香宮神社など観光客向けのポイントもあり、十石舟や三十石舟が運航している。
 実は、大学の頃にこの近くに下宿していたこともあり、ある程度土地カンはあるのだが、見違えるようにあちこちがきれいになっていた。龍馬通りというような、修学旅行生にもウケそうな通りも出現していた。大手筋商店街がほとんどチェーン店ばかりになってしまったのはちょっと残念だが。
 今回の目的はとりあえず、インド料理を食べて、十石舟に乗ることだ。伏見桃山駅から大手筋商店街を突っ切ったところに「ニューデリー」というインド料理屋さんがあって、そこでランチをいただく。そのあと、納屋町通りから龍馬通りを通って十石舟の乗り場へ向かう。平日だったせいか、その時刻出発の舟の乗客は私たち二人だけだった。20分に一度出ているが、その前後も1〜2グループだったようだ。十石舟は、何年か前に一度乗ったことはあるが、6月の頃(あじさいがきれいだった)の日曜日で、2時間後ぐらいの便のチケットをとれて、20人くらいの席もほぼいっぱいだった。それにくらべるととても贅沢。ほぼ1時間の行程で、濠川(ごうかわ)・宇治川派流を通って、三栖閘門(みすこうもん)まで行って、また戻ってくる。水面はとても静かで、風がさわやか。9月になると、走っている舟のなかにトンボが飛び込んでくる。もう秋なんだなあ。三栖閘門で、20分ほど時間があって、資料館や閘門の上から宇治川を臨むことができる。ここでも、お客が少ないせいか、丁寧に説明してくれた。十石舟は、夏には夜舟の運航になるし、桜や若葉や紅葉の季節もいいし、冬の雪も寒いけどいいかもしれない。
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2012年9月 4日 (火)

荻原征弥・BELNE原画展「幻想神話を描く」

 8月25日〜9月23日に京都国際マンガミュージアムで開催中。お二人とも京都精華大学の先生なので、よくペアで原画展をされていて、近場の京都のギャラリーが多いので何度か行ったことがある。ギャラリーだと1週間程度なのだが、今回は1ヶ月! 会期中2回ライブペインティング(実際会場で絵を描く)があるのだが、その日にあわせて行けるかどうかあやしいので、取り急ぎ行ける日に行ってきた。私は荻原さんの○年来のファンで、同人誌も商業誌も本はまずコンプリートしている。BELNEさんも、『青の男』の頃から知っていて、長年新潟コミティアで行ったマンガ創作講座の集大成の同人誌は「すごい!」のひと言。
 行ったのは土曜日だったが、それほど混んでいなくて、ゆっくり観ることができた。実は「以前ギャラリーでみたなあ」とか、「これは昔大友出版の広告で使ってたイラストだわ」とか、知っている絵も多かったのだが、作品がとてもきれいに保存されていて、古さを感じさせない。会場には制作過程の道具も展示されていて、カラーイラストの紙は木パネルに水張り! モノクロ原稿の枠線は烏口! ちょっと懐かしくて、やっぱり荻原さんは同世代……と思ってしまうのだけど、現代の若者はそういうのなじみがないだろうなあ。どんどんデジタル化されているマンガ業界だけど、大学のマンガ学部はアナログの職人芸を伝承していく場でもあるのだろうか。荻原さんの原稿用紙がオリジナルだったのは初めて知った。う〜ん、カッコいいなあ。

2012年9月 3日 (月)

マンガ『インド夫婦茶碗』17巻

 8月のコミケ前に下書を書いて、UPを忘れていた。最近いろいろ忘れる……

 『インド夫婦茶碗』 流水りんこ著 (ぶんか社)
 いつも「親子茶碗」と「夫婦茶碗」が半々ぐらいなのに、今回の巻は親子が4話、夫婦が11話の構成になっている。……って、よくみると、もしかしてアシタ君が小学校卒業した時点で、「インド親子茶碗」は一段落して、「インド夫婦茶碗」のほうにまとめたのか? そのあと、アルナちゃんが「インド夫婦茶碗」で小学校を卒業してるし。これぐらいになると、だんだん笑える子育てネタというのが少なくなってくるもんなのだが、流水家ではどうなのだろう?
 組み体操で終わる小学校最後の運動会。うんうん、これは定番だね。燃えるキャッチバレーボール? これはローカルか? このスポーツは知らない。中学2年生の職業体験も全国共通だとは思うが……、ちょっとまて、受入先は親が探すって? うそ〜! こっちの地域は学校の事業だから、ちゃんと学校の方から打診や調整がくるぞ!! う〜ん、インドテイストのネタが少なくなって、フツーの子育てネタが増えたような気もする。

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