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2011年8月

2011年8月24日 (水)

「ヤン&エヴァ シュヴァンクマイエル展」

 6月か7月の初めに「シュヴァンクマイエルの展示が京都文化博物館である」という話をネットでもれきいたのだが、当の博物館のHPをみても予告のなにも載っていなかったので、「おかしいなあ」と想いながら忘れていたら、7月22日〜8月14日に本当にやっていた。リニューアル特別企画として、別館ホールで開催されていたが、どうも持ち込み企画?なのか、主催シュヴァンクマイエル展実行委員会・共催京都精華大学になっていて、文化博物館で使える某新聞社関連の割引も使えなかった。
 シュヴァンクマイエルといえば、『アリス』は観た。あとは……『ストリート・オブ・クロコダイル』?…と思ったら、それはブラザーズ・クレイだった。昔のLD「アニメーション・アニメーション」になにか入っていたっけ? と思ったら入っていなかった。名前を知ってる割には意外と観ていないことにちょっとガクゼンとする。何年か前に、コレクター向きのDVD・BOXが発売されているのを、AMAZONか復刊ドットコムのMLで見かけて、ちょっと惹かれたがけっこうなお値段で結局買わなかった。今、ネットで見ると、もう公式には販売が終わっているが、倍ほどの値段になっていくつかあがっていた。展示を観た後、「やっぱり本業はアニメーション作家なんだから、作品をじっくり観るために買っときゃよかったかな」とちょっと後悔した。
 今回の展示は、前期後期に分かれていて、前期の副題が「the works for Japan」,後期が「〜映画とその周辺〜」となっている。展示はやっぱりヘンだった。コラージュ作品が多いが、半立体や立体作品もある。これが重なってヘンなアニメもできるのかと思うと、楽しい。前期展示の前には本人も来日して、「怪談」をイメージしたイラストレーションの木版画を職人に発注して制作したらしい。そして、秋には新作映画『サヴァイヴィング ライフ』が日本で上映予定とのことだ。後にお楽しみを残しておいてくれている。

2011年8月23日 (火)

「300DOORS」のやなぎみわワークショップ『「1924 Tokyo−Berlin」の芸術家たち』

 7月16日のブログに書いたように、大阪で「DOORS」(ドアーズ)というワンコイン(500円)でいろいろなワークショップに参加できる「ワークショップの見本市」が五年前から開催されている。その中で、今年は、8月4日にやなぎみわさんのワークショップ『「1924 Tokyo−Berlin」の芸術家たち』が中之島の中央公会堂で開催された。ちょうどタクヤをキャンプの集合場所に送っていく日だったので、休日に調整していた。それに、このワークショップは前述の京都国立近代美術館での演劇「1924 Tokyo−Berlin」を観ることが条件に出されていたので、それもばっちりクリア!
 しかし、実際参加してみると、なんと参加者たったの8名! ロの字型の机でみんな最前列状態……いいのか、こんなニアミスで。キャ〜 聞けば、演劇の方が1回40名×ゲネプロあわせて4回興行の少人数で、チケットがあっという間の完売でなかなかとれなかったらしい。たしかに、やなぎみわさんのHPからしか申し込めないのに、発売開始から4日遅れただけで、希望日時が完売状態だった。次の日、職場で休日を交替してもらって、空いてる上演日をゲットしたのだった。聞けばUstreamでも流れたらしいので、やなぎさんは「Ustreamを観たことでもOKとすればよかった」とおっしゃっていた。
 内容は、築地小劇場を中心に1920年代近辺の演劇事情を、パソコンの映像を交えて、滔々と1時間半お話していた。はっきり言って、私にはあまり素養のない話で、聞くこと観ること新鮮なことが多かった。昨日のブログでも書いたが、演劇はナマの芸術なので、その時代の築地小劇場がどんな演劇をしていたか、本当に資料が少ない。そこがいろいろ想像力と創造力をかき立てられるいいネタなんだろうなあ。やなぎさんは大学でも教鞭をとっているので、思った以上にお話上手でお話好きのような気がした。「できれば、終わりに質疑応答など」と言っていたが、お話だけで時間が来てしまい、次のコマに部屋を開けなくてはならなかったので、「後はカフェで続きでも」ということになった。「時間のある方は待っておいてください」と言ってたので、こんなチャンスは二度とないかもと居残った。結局残ったのは私を含め3人で、あとで主催者のコーディネーターさんが加わって、1時間ほど芸術と演劇のはなしをした。ああ、至福の時!
 次回の横浜の神奈川芸術劇場での公演についてのお話もあったが、今度が500人規模の劇場でするらしい。築地小劇場で上演された「海賊」の舞台装置をよみがえらせ、それを取り巻く群像の演劇になるらしい。横浜は遠い上に、この時期思うように休みがとれるかちょっとビミョ〜……

2011年8月22日 (月)

「モホイ=ナジ/インモーション」とやなぎみわ「1924 Tokyo−Berlin」

 オモテ稼業は、昨年から学校の夏休み期間は8月の月次休館日の1日以外オール開館になったので、震災の影響がなくても、休暇は安・近・短状態である。それでも、昨年のような急な病欠がなかったので、夏休み期間中に仕事の合間をぬって夏期休暇をいくつか入れることが出来た。3連休はなかなかとれないので、2泊2日(仕事が終わってから現地へ行くというパターン)のピンポイントでコミケとSF大会に行く以外の遠出はできないが、安・近・短のイベントけっこう充実していたので、順次書いていこうと思う。

 さて、タイトルの「モホイ=ナジ/インモーション」とやなぎみわ「1924  Tokyo−Berlin」、どちらも場所は京都国立近代美術館。
 「モホイ=ナジ/インモーション」は、20世紀のハンガリーの芸術家モホイ=ナジ・ラースローの作品展示で、9月4日まで開催中である。その作品展や京都国立近代美術館の建物内で、7月29〜31日の3日間行われた演劇が「1924  Tokyo−Berlin」なのだ。
 私が行ったきっかけはやなぎみわさんのほう。実はモホイ=ナジってだれだか、何をした人なのか展示を観るまでまったく予備知識がなかったのだ。やなぎみわ演劇プロジェクトがなければ観にいかなかったかも。モホイ=ナジ展の方は、演劇の時に1時間ほど早く来て、会場をまわったんだけど、しまった〜、もう少し時間がほしかった。人となりはわからないが、作品製作についてはけっこう貪欲な人のようだ。デッサンに始まり、写真作品や本のデザイン、広告のデザイン、舞台美術と多岐にわたるし、すごい量。演劇のネタにも使われていたけど、電話で工場にオリジナル作品を発注するという試みの行っている。1日に数回だけ40秒ほど稼働するという舞台照明装置というのも観たかったよ。
 時間になったので、やなぎみわ演劇プロジェクト「1924 Tokyo−Berlin」の集合場所の1階ロビーに向かう。実は、この演劇もネットのHPで申し込んだのだが、どこでなにをやるのかよくわからなかったのだ。そもそも近美ってそんな場所あったっけ? こちらも予備知識がなかった分、意表をつかれてぞくぞくした。はじめ、イヤホンをつけて、モホイ=ナジ展に案内され、ギャラリートークのように連れ回されたかと思ったら、途中案内嬢のあまりにもわざとらしいアルカイックスマイルとポーズで「あ、この案内嬢たちは役者だ」と気がついた。一般客に混じって、粛々を演劇が進行していく。私はさっき見損ねた40秒ほど稼働するという舞台照明装置が動いてくれるかと期待したが動かなかった。案内嬢が講談の弁士に変貌し、チケットをみせて4階の小劇場にはいり、土方与志と村山知義がからむ演劇が始まる。観劇者数十名(あとで300DOORSのワークショップできいたところ各回40名)の、考えてみれば贅沢な演目だ。この「1924」は3部作になっていて、第2部は11月に横浜で上演されるが、今回とはまたちがった趣向のようだ。
 演劇は、本当にナマの芸術で、その時にその場面に遭遇しなければ、二度と同じものを味わえない。モホイ=ナジの展示、近美という場所、この役者の演技がそろうことは今後ない。昨今オモテ稼業の仕事が繁忙でピンポイントの演劇チケットがなかなかとりにくいのだが、やっぱりナマの演劇はときどきは観たいよなあと思ってしまう。


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2011年8月11日 (木)

日本SFの巨星落つ 小松左京

 7月28日、仕事帰りの電車の中で、ケータイmixiの記事で小松左京さんの訃報を知った。お亡くなりになったのは7月26日。ええ!? たしかその日ぐらいに『小松左京マガジン』の最新号が届いて、「小松先生、この写真はちょっとこざっぱりして、元気になったのかな」とか思っていたところだったのに!!! 
 ただ、やはり予感はしていた。予感というより、覚悟かな。いつ訃報を聞いても驚かないくらいの。2007年にアジアで初めて開催されたワールドコン(「世界SF大会」)「Nippon 2007」を最後に、毎回のようにお目にかかっていたSF大会にも出てこられなくなったし、定期購読している『小松左京マガジン』でも、最近は過去の原稿や対談ばかりでリアル原稿が載らなくなっていた。あまりよくないのだろうなあと思っていた。
 小松さんと同じくらいの日本のSF第1世代の方たちは、ほとんどお亡くなりになってしまった。星新一、今日泊亜蘭、光瀬龍、野田昌弘、福島正美、浅倉久志、柴野拓美……、お元気なのは筒井康隆ぐらい? 眉村卓や豊田有恒はご健在だが、もうちょっと若いよね。この世代の活躍があって、名作が生まれ、訳され、他に類を見ない活気のあるファンダムができた。なかでも、小松左京はとってもパワフルで、SF界以外にも大阪万博などでも大活躍だったのは、関西では自明の理。なので、さすがに、新聞第1面にも訃報の記事が載っていた。その後も関連記事や眉村さんの寄稿など載っていた。これからも「SFマガジン」をはじめ、いろいろな特集が組まれるだろう。9月初めの日本SF大会でも追悼企画があるだろうなあ。
 私のお気に入りベスト3は、ちょっとあたりまえっぽいけど、『日本アパッチ族』『復活の日』『果てしなき流れの果てに』。文章もストーリーものれるのだ。この頃って体力もあったせいもあるが、面白かったらこれくらいの厚さの本でも2晩くらいで一気に読んでしまっていた。
 
 謹んでご冥福をお祈りします。

2011年8月 9日 (火)

スペースシャトル 最後のフライト

 少し前だが、7月21日にアトランティスが無事帰還して、スペースシャトル計画は幕を閉じた。 初の宇宙飛行が1981年のコロンビアの飛行なので、ちょうど30年前。だけど、その前に宇宙の出られなかったエンタープライズがある。やっぱり1号機にはこの名前をつけたかったアメリカのSF者の想いはわかるなあ。SFの中でしかなかったものが、いよいよ現実になるんだと、期待しちゃうよね。でも、宇宙は手強い。コンピュータや遺伝子科学のようにSFを超える進化をした現実はなかなか実現しなかった。1986年のチャレンジャー、2003年のコロンビアの事故で、多くの宇宙飛行士の命が失われることもあった。まだまだ、宇宙空間は人類のとって遠い。
 スペースシャトルといえば、野田昌弘宇宙軍大元帥を思い出す。大元帥の訳した『スペースシャトル搭乗員ハンドブック』や『宇宙はジョークでいっぱい』は、スペースシャトルやNASA関係の本のなかでも秀逸におもしろいと思っている。大元帥の啓蒙(?)のおかげで、どれだけの若者が宇宙への妄想…もといあこがれを持ったか。大元帥もスペースシャトルに乗りたかっただろうなあ。民間の宇宙旅行はまだSFの中だ。
 ともあれ、30年間お疲れ様、宇宙への夢と希望をありがとう。

2011年8月 8日 (月)

このままコミックマーケット

 もう8月になってしまいました。積み残しネタはいろいろあるけれど、仕事モードもまま、職場から夏コミに直行という事態になりそうなので、告知を先にしておきます。

 夏コミは、8月14日 西ブロック“の”09a です。創作(少女)のエリアです。
すみません、新刊はありません。

 今、ちょっと活動をいったん整理しようとして、いろいろ改変しています。
 GOODSを総入れ替えする予定です。今更便せんは古いだろうと思って、いままでのを無料配布します。コミティアとかではチラシ置き場に置かせてもらったのですが、夏コミではそういうところはないので、スペースに置いています。よろしければもらってやってください。今後のGOODSは、あまり大量生産しないで、一点物を目指したいと目論んでいます。
 インフォメ・ペーパーをいままでApple Works(昔のクラリスワークス)で作っていたのですが、今回のOSのバージョンアップでいよいよ使えなくなるので、今回の配布からWordで作り替えました。
 iPad2を買ったので、スペースのディスプレイに使えるよう考えています。ドキュメントスキャナでいままでの同人誌を取り込んだら、スライドショーのようなかんじでできるかなあ……と。同人誌では写真を使わない主義なので、旅行記を出せたときには、インドやオーストラリアの写真をそんなかんじにできたらとも考えています。
 そして、これはまだ手をつけていませんが、今放置状態のHPを改変したいと思っています。これもソフトをGloveからDreamweaverにかえてよくわからんのでそのままにしていたら、バージョンアップしていよいよわからなくなったので、反省して覚え直そうと思っています。
 ……あ、肝心なのは本ですね。はいはい。

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