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2010年1月

2010年1月29日 (金)

雑誌「旅行人」№161(2010年上期号)

 年2回発行になって、忘れた頃に届く「旅行人」。その分分厚くなって、1冊読み切るのに時間がかかる。これはたしか昨年の11月か12月に届いたはず。
 今回の特集は「旧ユーゴスラヴィアを歩く」。旧ユーゴといえば、オモテ稼業で、「また国がかわりそうだから、高価な世界地図帳を買うのはもう少し様子をみよう」とか「旅行のガイドブックは、もう少し世情が落ち着いてからのほうがいいかなあ」と図書選定の逡巡のもとになっている地域だ。でも、その分裂してからの国々の違いがよくわからなかった。クロアチア、ボスニア・ヘルツェゴビナ、セルビア、モンテネグロ、コソヴォ。渡邉義孝さん、杉江真理子さん、森優子さんの3人が9章の手記を寄せているが、それぞれの国の中もまだ1枚岩ではなく、宗教と民族が入り交じって、まだまだ複雑だ。早く平和がくることを願いたい。
 他には、小島剛一さんの「漂流するトルコ」がおもしろかった。この人の前著を読んでいないが、トルコもトルコ人だけの国ではなかったのか。しかし、いったいこの人はいくつの言語をしゃべれるんだ?!
 蔵前さんと小川さん夫婦のオーストラリア・キャンプ旅、井王明さんのインドのラジャスターンに口琴をたずねる旅など、特集以外にもいろいろな旅がこの1冊につまっている。

2010年1月28日 (木)

小説『トーマの心臓』

 『トーマの心臓』 森 博嗣著、萩尾望都原作(メディア・ファクトリー)
 昨年から、デビュー40周年のせいか、コミックス以外の『夢見るビーズ物語』が出版されたり、『思い出を切り抜くとき』が文庫化されたり、東京で原画展が行われたり、そして『トーマの心臓』を森博嗣が小説化したりと、望都さまの身辺はなにかと話題が豊富だ。私も○年来の望都ファンで、買っていない本を数える方が少なく、再版本以外新刊ならほとんど買っている。でも、そのすべてが手放しで絶賛!というわけではない。でも、いいの。望都さまに関わるものならば……(^_^;
 というわけで、この本はビミョ〜。約300ページ(どうしてノンブルの数字があんなに離れているんだ?)のハードカバーだが、するすると読めた。オスカーを一人称の語り手にして、話が進行していく。どうも、学校は日本の理系の全寮制の学校らしい。学校の中では、校長先生がつけたあだ名でお互いを呼んでいる。……という設定だが、読んだ感じは無国籍。原作からドイツっぽさを抜いたかんじで、語りは原作の雰囲気を壊さないように細心の注意を払っているように見え、それは成功している。だが、「これはこれでいい」という思いには至らない。なんで、これを書く必要があったの?という疑問がわく。出版社からでた企画だったのかなあ。まあ、いいのよ、望都さまに関わるものならば……(と思っているFANも多いのでは?)

2010年1月26日 (火)

マンガ『年収150万円一家』

 『年収150万円一家』 森川弘子著(メディア・ファクトリー)
 大阪風ビンボー節約ネタのエッセイマンガ。実はこれ、本屋に「SF作家の北野勇作の奥さんの本がでたはず」というおぼろな記憶だけでさがしに行ったのだが、よく見つかったものだ。えらいぞ、自分>
そうそう、森川弘子さん。北野勇作さんのホームページにかわいいカットを描いていた。ただ、マンガはHPのイラストよりもヘタウマな感じで、ちょっと私の好みとはあわない。ごめん。
 同じようなビンボーネタを描いていても、エッセイマンガは作者の住んでいるご当地っぽさが出てきてやっぱり笑える。「タダより安いもんはない」のではなく、「タダならもらわな損」の発想は大阪人だなあと思ってしまう。タダの施設は大いに活用し、タダでもらえる懸賞はこまめにチェック。フリーマーケットでもしっかり値切るし、スーパーは閉店間近の値下げをねらう。
 「わたしもやってる」と通じるところもあるが、ここまで徹底できるのは、自由業ならではのフットワークの良さだなあ。週5〜6日、1日12時間以上仕事にはりついていて、休みたい日に休めなければ、その節約に費やす時間に150万円より高い年収を費やしているようなもんだ。が、働かなくてもいいほどもっと金がれば、時間がないため便利さを買うようなことをしなくても、時間も金もある。(ごく一部の人だろうが) なかなか世間はままならない。
 また、北野勇作さんのHPで、年に1〜2回よく長期のバックパッカー旅行に行ってることは知っていたが、それは北野さんのほうの趣味だと思っていた。が、どうも森川さんの趣味で北野さんを引き込んだようだ、というのがこの本をよんで判明した。

2010年1月25日 (月)

柴野拓美さんの遺したもの

 1月16日に、ビッグSFファンの柴野拓美さんがお亡くなりになった。新聞記事には「SF作家、翻訳家」と書かれていて、もちろんその業績も大きいのだが、やっぱり私は、「いちばん長く、いちばん有名なSFファン」の柴野さんというイメージが強い。
 今後、遠くでみていた私などより、もっと近しい交流のあった人たちがいろいろ語りつづけるだろう。柴野さんは、先ほど50周年になった「SFマガジン」よりも古いSF同人誌「宇宙塵」を創刊し、第1回日本SF大会を立ち上げ、SF大会に参加しているSF者で知らぬ者はいない人だ。文筆業の人にはシャイで口べたな人もいるし、オタクには周りを顧みずしゃべる人もいるけれど、柴野さんがいつもにこやかに、物腰やわらかくお話をされている様子をみていると、本当に「SFの良心」という気がする。若い人たちに対しても、上段に構えるのでなく、つねにきさくで丁寧だが、知識は広く深く、論議をすると熱く語られる人だったようだ。
 SF大会では何度か近くでお会いした。もと教師だったこともあり、『SF教職員組合』というこじんまりとした企画にも来られていた。いつか、ホテルの部屋が斜め向かいどうしであり、廊下で柴野ご夫妻と家族参加の私たちが偶然会ったこともある。2007年のワールドコンの時は、ステージでは紋付き袴で立って、元気にご挨拶していたが、ステージを降りると車いすだった。2008年のDAICON7には来られなかったようで、お歳がお歳だけにその時からちょっと心配だった。
 しかし、SFが他のどのジャンルにもないくらい、プロダムとファンダムの間が近く、ともに語れる場をもつことができるようになったのは、柴野さんのおかげではないかと思っている。

2010年1月22日 (金)

「グイン・サーガ」終幕

 グイン・サーガ130巻『見知らぬ明日』栗本 薫著(早川書房)
 今までこのブログではあまり書いていなかったが、栗本薫のグイン・サーガはずっと読んでいる。前述の「SFマガジン」同様、あまりいい読者ではなく、初めの方は図書館で借りて、結婚してからはダンナがずっと買ってるのをまわしてもらっていた。読み始めたのが16巻の『パロへの帰還』が出た頃で、そこまではあまり期間をおかずに一気に読んで、とってもおもしろかった。その後は発行のたびに読んでいたので、16巻までのような熱はちょっとおさまった。だんだんキャラたちの性格がウツウツとなってくるし(グインをのぞく)、最近はヴァレリウスやマリウスやリンダがうだうだと同じことを延々としゃべるのでウザいなあとも思っていたが、そうこういいながらもう25年ぐらいはつきあっている。
 そして、最後の130巻を読み終えた。今まで一貫して、1冊4章の構成で進んできたが、この巻は第2章の途中までしか載っていない。いつもより薄い本。プツンと途切れてしまった話。ついにグインは再登場しなかった。サイロンの災厄は、ちょうど別巻第1巻の『7人の魔導師』に帰結した。ここで途切れてしまうのも、なにか運命を感じる。もう、語られないストーリー。グインの、リンダの、イシュトバーンの、スカールの、そして中原の明日は、本当に見知らぬものになってしまった。
 後書きなんかをよんでいても、栗本さんは、完結までの構想は頭の中にあっても、あまりノートのようなものは遺していないんじゃないかなあとも思う。継承する人はいるのだろうか。このまま終の幕が降ろされたままであっても、それはそれでいいような気もする。はてしない物語を遺された栗本薫さんに合掌。

2010年1月20日 (水)

祝!「SFマガジン」創刊50周年

 雑誌「SFマガジン」(以下SFM)の創刊は1959年12月発売の1960年2月号だった。だから今まで、毎年ではないが、2月号になると「創刊○周年記念号」と銘打って、いつもの倍くらいの厚さになって出ていた。が、今回は50周年なので2ヶ月連続企画で1月・2月と2号続きで記念特大号になっていた。巻末に年表があって、上段がSFMも各号の項目で、下段がその年代の主な出来事(といっても、一般的な事項もあるが、SF大会や星雲賞関連や科学的なトピックなど内容は偏っている)が書かれている。これを見て、しみじみと「よく潰れずに出し続けてくれたなあ、えらいぞ早川!」と思ってしまう。「奇想天外」「SF宝石」「SFアドベンチャー」などいくつか消えていったSF雑誌があったが、今残っている月刊のSF専門誌はこれだけだ。(「SFジャパン」はいつでるかわからんし)
 といっても、実は私は全くいい読者ではなく、自分でSFMを買ったことがない。高校・大学の頃は本屋でパラパラと立ち読みするだけだったし、就職してからはしばらく図書館で借りてよんでいた。その後結婚してからは、ダンナがずっと購入しているので、それを回してもらっている。ダンナはバックナンバーも探して集めていたので、家には書架3連分のSFMが並んでいる。そろそろいっぱいではいらなくなっているので、なんとしよう……(捨てる気はないが)
 昔は早川と創元推理ぐらいしかSFを出版していなかった。SF作家は「早川こけたら皆こけた」といわれた。SFマガジンはよくSMマガジンとまちがえられたという逸話もある。SFM創刊当時からSFファンダム・プロダムにいた人たちは、ここ数年で何人か鬼籍に入られた。時代も関わる人たちも移り変わっていくが、SFMは100周年を目指してがんばってほしい。

2010年1月19日 (火)

「男鹿和雄展」

 2007年の東京を皮切りに全国を巡回していた展示が、最後の9カ所目として関西に来た。2009年12月8日から2010年2月7日まで、兵庫県立美術館。男鹿和雄さんは、「トトロの森を描いた人」(これがキャッチフレーズになっている)といえば、みんなわかるだろう。しかし、ずっとジブリに居たわけではなくて、小林プロダクションに在籍し、他のTVや劇場版のアニメの背景も手がけていたし、ジブリ退社後は、フリーになって絵本や本の表紙や挿絵、お酒のレーベルなども描いている。
 1990年に東京国立近代美術館で手塚治虫展が開かれたときは、「マンガもこんな美術館で展示が出来るようになったんだ」と感慨深いものがあったが、今回も「アニメの背景美術もこんな美術館で展示が出来るようになったんだ」と同様に感じた。しかし、もしかして兵庫県立はいままで一番のアタリ企画だったのではないか? 行ったのが日曜日だったせいもあり、ものすごい人出だった。折りしも阪神淡路大震災から15年の1月17日(日)、たまたま子どもを野外活動の集合場所に送っていって、その足で美術館に向かったので、わりと早く10時半ごろに到着した。その時点で入り口の待ち時間は30分。正味15分ほどで入れたが、会場内もすごい人で、流れにそってトロトロと行ったら、見おわるまで2時間半ほどかかってしまった。併設の「3びきのくま」展をみて、スーベニールの会計にならんで、2時まえぐらいに入り口に戻ってきたら、待ち時間が80分になっていた。そのあと、昼食を食べて3時頃にみると、120分待ちになっていた。ああ、朝に来てよかった。ジブリやトトロにつられて、子ども連れも多かったが、小さい子にはちょっとこの状況はつらかっただろうなあ。それに、もともと、背景=風景画の展示が基本なので、そのなかで、人物の配置がわかるようにセルを重ねてあるのもあるが、そのたびに子どもに「ほら、トトロがいるよ」と声をかけている親(複数)がいたが、なんかちょっとちがうんじゃないかなあと思わないでもなかった。でも、客層としてはとても幅が広かった。家族連れはもとより、年配の人は、なつかしい風景にふれ、若い人のデートコースにもなっているようだし、オタクっぽい人はあまりいなかった。おそるべしジブリ効果!?
 アニメの背景画だから、かなりたくさんの点数がある。それも、実際撮影に使われた背景画だけでなく、ほとんど同じ構図の美術ボードや鉛筆画の美術設定なども展示されている。この量はすごい。目を近づけてみると、さっさっと描いている筆の跡がわかり、そんなにキチキチっと精密画のように描いているわけではないのに、絵の全体をみると、光も空気も水も草木も小物もとてもリアルに見える。天候による陰りや、一日の時刻による風景の移り変わり、季節も感じられる。おまけに筆も速いらしい。そうでないと、現場ではやっていけないのだろう。紙の背景画の上に、風景の一部をセル画に描き込んで重ねているのもある。背景も動かす必要があるアニメならではのものだ。この量でこのグレード。図録も買ったが、やっぱり原画はすごさ倍増。
 今は、アニメはCG花盛りだが、このような手描きの職人さんの味のあるアニメも創り続けてほしい。

2010年1月18日 (月)

「アイヌの美 —カムイと創造する世界—」と手作りムックリ教室

 11月23日〜1月11日に京都文化博物館で開催された「アイヌの美 —カムイと創造する世界—」に駆け込みで行ってきた。初日のイベント「アイヌ文化フェスティバル2009」 に行ったあと、展示は日を改めて行こうと思っていたら、もう終了までにこの日しか行けないというところにまでなってしまった。
 展示内容は、意外と地味だった。夏に行った国立民族学博物館の『自然のこえ 命のかたち』に通じるものがある。民博の展示は、カナダの先住民(ファーストネイションズ)の文化だったが、文様といい、色合いといい、同じ流れをくむモンゴロイド系のせいか、似ているところがある。ちょっとかわったところでは、江戸末期から明治時代の絵師・平沢屏山がアイヌの様子を描いた作品が展示されていた。それが保存されていたのが、ロシアのオムスク造形美術館だったというので、日本初公開だったらしい。
 そのあと、土曜日にぶんぱく子ども教室「ムックリ(楽器)を作ってみんなで鳴らしてみよう!」という催しがあったので、タクヤ(小4)といっしょに参加してきた。午前と午後と2回開催だったが、午後から別件のヤボ用があったので、午前中に申し込んでおいた。先生は11月23日のイベントでトンコリの演奏をしていた東京アイヌ協会の2人。他に、演奏が得意な人と博物館の職員さんらしき人の2人がサポートにつく。参加者は親子6組(兄弟もいたから子ども8人)だった。定員20組の募集だったから、少なかったようで、大人もひとつ作らせてくれたし、当日の飛び入りで大人の人が2人参加した。制作キットがあるのだが、竹を削る具合がみんな控えめで、先生が回って手直しをしてくれた。慣れないとなかなか鳴ってくれないので、鳴らす方も苦労したが、なんとなく鳴るようになり、楽しい時間を過ごすことができた。

2010年1月15日 (金)

書籍『最強の戦闘機パイロット』

 『最強の戦闘機パイロット』 岩崎貴弘著(講談社)
 有川浩の本から始まって、自衛隊→基地祭→エアロック(2008年の岐阜でみた)と展開して、ネットでエアロックやロック岩崎をしらべてみて、ついにこんな本まで読んじゃったよ〜!……て感じだが、調子よく、戦闘機乗りの実態がいろいろ書かれている。有川さんの自衛隊短編集の中に、戦闘機でナイフエッジをやってのける先輩が退官してなんとかかんとか…というエピソードが出てくるが、この人がモデルなんかなあと思ってしまった。
 著者の岩崎貴弘さんは、25年間自衛隊の戦闘機に乗っていて、退官後エアーショーライセンスを取得して、自衛隊のころのタックネームの「ロック」をそのままにロック岩崎として「エアロック・アクロバティックチーム」を立ち上げた人。が、実は2005年5月に事故で亡くなっている。ということは、私が岐阜でみたのは、その後を継いだサニー横山という人の操縦か? 読んだあと、YouTubeでエアショーをやってるロック岩崎の姿を見つけて、以前の伊藤計劃のときと同じように「ああ、この人はもういないのか」と思うと胸がくるものがあった。亡くなったあとにその人の存在を知るのって哀しい。
 いわゆる自衛隊時代の半生の自伝なのだが、著者は文筆が本業ではないので、けっこう短所も目につくし、クセのある人柄も見えて、そういう意味でもおもしろい。内容が時系列ではないので、話がとんだり、さかのぼったり、また繰り返したりして、整理されていない。自分のことを書くのに、このタイトルをつけるのって、自意識過剰!とも思うが、その自慢話がいやらしくみえないのは、その人柄によるのかもしれないし、根っからの飛行機バカなのが本全体からにじみ出ているせいかもしれない。好きなことを職業にできることは幸せだが、その分の努力もしているし、仕事について骨惜しみしていない。前向きだ。多少周りの迷惑を顧みない傾向があるかとも思うが、こういう自己アピールができる人でないと、あとでエアショーの世界には入れないのだろうなあ。
 また、訓練の様子や、アラート(スクランブル待機)などの勤務の様子、配置転換や昇進のしくみなど、知らなかった自衛隊の実態も興味深く読めた。

2010年1月14日 (木)

パラパラマンガにひとめぼれ

 今はバーゲンの時期だが、本屋にバーゲンはない。だから時期は特に定めずに、年に何回か大型書店に行って、目的もなくても興味のあるジャンルの棚を巡回するようにしている。すると、予定がなくても何冊か買ってしまう。まあ、バーゲンで服やアクセや靴を買うより安上がりかもしれないが。

 先日、つい買ってしまったのは、これ。
『客の多い穴』 『めからかいこうせん』 『ばくだんむし』 『階段のふり』 
                         もうひとつの研究所著 (青幻社)

「パラパラブックス」というシリーズの4冊。美術の棚に、まるで箱入りアーモンドチョコレートのような感じで置かれていたのだ。でも、ちゃんとISBNのある書籍だ。アニメの原点・パラパラマンガの本なのだが、オールカラーのうえ、後の2冊は穴あきパラパラ。これがなかなかおもしろい! アイディアの勝利だ。どうおもしろいかは、いちどパラパラしてみれば一目瞭然だ。
30秒で読める本に1000円(穴あきは1200円)払うかどうかは、なかなか勇気のいるところだが、どの本屋にでもおいてあるわけでなく、家に帰ってみんなにみせたかったので、4冊衝動買いしてしまった。発行元の青幻社は京都の出版社だ。京都に住んでいて、大阪の本屋で、京都の出版社の本を買うってどうよ!?と思いながら、まあこれもひとつの巡り合わせというものか。
 著者のもうひとつの研究所さんについては、ナゾ。ネットを検索すると、ちゃんとHPがあったが、それでも正体不明。どうも、2人のユニットで、この4冊が商業出版される前に、同じようなものを自費出版してアートショップなどで販売していたようだ。発行が京都の出版社で、精華大がらみのshin-biとかにも置いているらしいから、案外関西にいるのかもしれない。

2010年1月13日 (水)

2009年同人活動決算報告

 長年続けている同人活動だが、毎年こづかい帳程度の収支記録をつけている。各同人誌即売会ごとの配布冊数と収支記録もつけている。といっても、日当はおろか、交通費や宿泊費や備品代はいっさい入っていない。そんなことしたら大赤字だ。SF大会なんかディーラーズルーム以外の要素もあるので、参加費さえはずしている。同人誌即売会のショバ代・通信費・宅配便代・パンフ代と、作品制作にかかる画材や印刷費や消耗品が主な支出で、即売会や通販の売り上げが収入になる。そんなでも、ここ10年ばかりで、黒字になったのが2回ほどしかない。黒字といっても約4000円と約1000円……微々たるものだ。新刊がない年は5万円以内、新刊をつくるとその何倍もの赤字になる。オモテ稼業で稼がないとやっていけないが、ここ2年ほどオモテ稼業に時間と精力を奪われて、テンションがた落ちの状態である。大いなるジレンマだ。
 次の夏コミの申込みも済んで、収支記録を更新した。一昨年、即売会(SF大会含む)の参加は6回だった。それまでほぼ年間8回前後出ていたが、ここ数年の最低回数だった。と思ったら、昨年は4回で最低回数を更新してしまった。夏のSF大会も日程的に困難で不参加だったし、冬コミは抽選漏れだったこともあるが、オモテ稼業も労働条件がきびしくなり、休みたい日に休めなくなってきている。年1回になってしまった「そうさく畑」も4月アタマの人事異動まっただなかでここ2年ほど参加していない。おかげさまで赤字も3万円以下に収まったが、今年はもう少し赤字を増やしてもいいから、活発化したいと思うこの頃なのだった。

2010年1月 4日 (月)

マンガ『鋼の錬金術師』24巻

『鋼の錬金術師』24巻 荒川 弘著(スクウェア・エニックス刊)
 クライマックスの戦いが続く24巻目。実は、この巻にエドは20ページもでていない。アルなんか4ページだけ。戦場がセントラル・シティの中とはいえ拡散している。今回、イズミ先生再登場。アームストロング少将とおふたりで、カ〜ッコイイ!! キング・ブラッドレイも復活し、グリード=リン、バッカニア、シンの爺様の活躍も見どころだ。あ、ホーエンハイムとフラスコの中の小人の対決も。ひとつずつ、決着がついていく。
 どこに収束するのだろう。雑誌連載を読んでいないので、単行本をよむたびに、予想外の展開に驚いてしまう。このまま、あと2〜3巻ぐらいかな。

2010年1月 3日 (日)

書籍『夢見るビーズ物語』

『夢見るビーズ物語』 萩尾望都著 (ポプラ社刊)
 mixiの萩尾望都サマのコミュニティで12月発売と話題にでていた。まったく知らなかったので、どんな本かわからずに、発売日の1週間後くらいの休日に書店に探しにいった。いちばんのごひいきのオタク仕様の本屋では、棚にないので店員さんに聞いてみたらもう売り切れていた。もう1件の店もなし。3件目の書店では店内検索機に前日10冊在庫とあったが、該当の棚を見つけられなかったので、店員さんに聞いたら持ってきてくれた。ここで、はじめて判型がちょっと大きいA4判だとわかった。出版社は、児童書では大手だが、マンガではマイナーなポプラ社で、マンガ群の中で定位置がまだない。自力で探せなかったのがちょっとくやしい。
 これは、ビーズをネタのエッセイマンガとイラストとインタビューとモトさまオリジナルのビーズ作品の作り方も載っているというとても盛りだくさんな内容だ。もとはポプラ社のPR誌「asta*」(アスタ)に掲載されていたらしい。「asta*」という雑誌があることは知っていたが、中をマジメに見たことがなかったので、そこにモトさまが書いているとは知らなかった! 雑誌掲載のときは、エッセイマンガもモノクロだったようだが、単行本化にあたり、おそらくCGで彩色されていて、ほとんどオールカラーのような贅沢な本だ。
 モトさまはもともと服飾系の学校の出身だし、マンガのなかでも登場人物のファッションはいつも個性的だった。ビーズもシュミにあったんだろうが、仕事にいそがしい合間に、こんなにハマっているとは知らなかった。バレエとか映画もよくみているし、深く広い好奇心をなくさないのが長く仕事を続ける秘訣なのかもしれない。折りしもデビュー40周年、末永いご活躍をお祈りします。

2010年1月 2日 (土)

明けましておめでとうございます

 明けましておめでとうございます。fuji

まだ、帰省先から帰っていないのですが、パソコンがつながりました。
 年末年始は、3日間実家に帰省していましたが、2年分ほどためこんだ3500通近くのメールを整理してました。削除するものは削除して、残しておくモノは分類してMOにためこんで…… 昨年は、住所録の入力をしていました。う〜ん、地味な正月です。
 でも、今年こそは、よりよいワークライフバランスで、ウラ稼業にも励みたいと思いますので、みなさま、よろしくお願いします。
10torahp

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