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2009年6月

2009年6月 6日 (土)

「小松左京マガジン 第33号」

 ここんところ読むのがおっつかず、感想も毎回UPとはいかないが、「小松左京マガジン」は順調に発行されている。これを書いている時点ではひとやま越えているが、5月は神戸を起点に大阪、滋賀・京都と新型インフルエンザでおおさわぎだった。メキシコで発生当時、思わず『復活の日』を連想したが、幸い弱毒性のようで南極以外人類絶滅にならずにすみそうだ。その中で別にこの事態を予測したわけではないだろうが、ディープな医学博士(と私が勝手に呼んでいる)下村健寿さんの「「復活の日」から読み解くバイオロジー3 黒死病流行の「原因」のなぞ」はまさにタイムリー。ここんとこ、ちょっと内容がむつかしいなあ、しんどいなあと思っていたが、今回は少しやわらかめでおもしろく読ませてもらった。私は、ペスト=黒死病(俗称)だとずっと思っていた。ずいぶん昔に読んだマンガにも、黒死病と書いてペストとふりがなをふっていたのをしっかり覚えている。ちがうかもしれないという説は眼からウロコだった。では、なんだったのか? 創造すればSF、解明すればノーベル賞か?
 巻頭インタビューは、夫君の巽孝之さんとそろって元気に活躍されている小谷真理さん。高校時代からSFにめぐまれた環境にあったとはうらやましい。「賢人話、あるいは小松左京の大口舌」も3回目で、大阪弁のインタビューは絶好調だ。

2009年6月 3日 (水)

小説『虐殺器官』

『虐殺器官』 伊藤計劃著(早川書房)
 訃報ネタ続きだが、この作者・伊藤計劃も実はこの3月に亡くなっている。新聞記事の訃報欄に載っていたのだが、これには本当にびっくりした。まだ34歳。これが2007年に出たデビュー作で、あちこちの書評にとりあげられていてけっこう評判がよかったので気にはなっていたが、読んでいなかった。2008年の12月に2作目(と思ったら、その間にゲーム小説を1つ出している)の『ハーモニー』が出たばかりだった。まだまだ新人、それも期待する新人だと思っていたので、訃報記事には思わず眼を疑った。訃報を機に読んだというのは、なんともかんともだが……結果、もっと早く読んでいればよかった。こんなことになるんだったらファンレターのひとつでも書いておいたのに!
 この作品は、小松左京賞最終候補作で、ハヤカワSFシリーズJコレクションから出ている。大量虐殺をひきおこす米国人ジョン・ポールを追うアメリカ情報軍の暗殺屋の物語。……と書くと、なんかとってもドンパチなアクションものに思えるが、ずいぶん思索的なSFである。他人の死の上に保たれる生、他の犠牲のもとに成り立つ平和……これを読んだ人は、それぞれに微妙に感じ方がちがうだろうけど、いろいろ想いを廻らせてしまうんだろうなあと思う。会話のひとつひとつに考えさせるものがある。たしかに血みどろな場面も多いし、主人公のシェパード大尉は優秀な特殊部隊員で正確に判断し、修羅場を何度も渡っている。が、性格はそんな血も涙もないというわけでなく、むしろ文学的というか、いろいろ内面的にはぐだぐだ考えるタイプで、そこのアンバランスさが単純なアクションやスパイものではない複雑さをもっているのじゃないかと思う。「虐殺の文法」を自分が十分に理解できているか怪しいが、難解なところを解読しようとあれこれ思考を廻らしてしまう。
 それと、作品の中にあるSF的なガジェットというか、小道具も魅力的だ。イルカなどの水生動物の筋肉をもとにつくられた人工筋肉の降下ポッドやポーター、医学やID偽造や拷問にもつかわれるナノテク技術、戦闘能力を高める痛覚マスキング、いろいろとおいしいものがちりばめられている。
 本の著者紹介に作者のブログURLが載っていたのでのぞきにいった。5月末の時点では、いくつかの訃報を知らせるトラックバックがつけられていたが、ブログ自体からの代理のお知らせはなく、1月7日の本人の年始のあいさつと生存報告で途絶えていた。退院したらまた再開するような、ちょっと更新が滞っているだけとみえるような状態だったのが、切なかった。伊藤計劃さんは武蔵野美術大学の映像科の出身で、映画を観るのもとても好きだったようだ。なんとなく納得した。
 謹んでご冥福をお祈りします。

 P.S. この記事を書いて、ねかせている間に、「SFマガジン」7月号に掲載されている「伊藤計劃追悼」特集を読んだ。自社が売り出している作家とはいえ、新人とは思えない扱いである。大森望をはじめ、伊藤計劃を生前からよく知る方々が追悼文をよせている。私などは、いろいろ初めて知る事実も多い。遺稿となった『屍者の帝国』の冒頭の章も掲載されており、もう続きが書かれないのだと思うと残念でならない。

2009年6月 2日 (火)

栗本薫はナリスさまのもとに旅立った

 先のバラードとは違って、栗本薫の訃報は顔写真入りで大きく記事になっていた。そりゃ、バリバリの現役で、継続中の小説もあるし、まだ56歳だし、こっちの方が知名度が大きい。しかし、新聞には「栗本薫」より「中島梓」の方が大きく載っている。世間的にはそうなのか? 著書はだんぜん栗本薫名義の方が多いのに。
 なんたって、「『グイン・サーガ』はどうなるのよう?!」とだれもが(でもないか)思ったことだろう。『グイン・サーガ』は、外伝は読んでいないのも何冊かあるが、本編はずっと読んでいる。もう20年以上のつきあいだ。最終巻のタイトルは、『豹頭王の花嫁』と最初から作者が決めていた。しかし、はじめの構想では全100巻だったはずが、現在126巻で、まだ外伝の1巻目(『7人の魔導師』)まで行き着いていない。全部で300巻ぐらいなるんじゃないかと思っていた。
 最近の後書きでは、明るく書いてはいるが、手術後の生活はちょっとたいへんそうだなあと思っていた。なので、心の隅には「ああ、やっぱり」という思いはあったが、まだまだ書きたいものがいっぱいあっただろうにと思うと夭折が残念でならない。『グイン・サーガ』はここんところは順調に2ヶ月に1回の頻度で刊行されていて、2〜3冊書き溜めをしているようなので、もう少し物語を楽しめるだろう。……が、その歩みが停まってしまうことを覚悟しながら読むのはつらい。
 謹んでご冥福をお祈りします。

2009年6月 1日 (月)

追悼:J.G.バラード

 これの初稿を書いている2日前、栗本薫の訃報を聞いた。ずっと読み続けている『グイン・サーガ』はどうなる?と、こっちの衝撃も大きかったが、栗本薫のことを書くなら、4月に亡くなったバラードのことを先に書いとかねばと思った。バラードの方がつきあいが長いし、実は私は、三大巨匠よりバラードが好き。洋のバラード、和の光瀬龍が、10代の私のイチオシだった。
 「え?まだ生きてたの?」と思う人も多いかもしれないが、彼より年上のブラッドベリだってまだ健在である。それなりに名の知れたSF作家だから、訃報があったら新聞に載るだろうし、「SFマガジン」にだって記事になるだろうから、見逃すことはないと思っていた。
 我家がとっている新聞の4月20日の夕刊の訃報欄に、写真もなく、わりとひっそりと載っていた。
記事を見つけたとき、「ああ、ついに……」と思ってしまった。その記事に載っていた小説のタイトルは、最初の長編の『強風世界』と、映画化された『太陽の帝国』『クラッシュ』……う〜ん、ちがうなあ、私にとっては、早川書房の焦げ茶色の「世界SF全集」で読んだ『結晶世界』と、創元推理文庫の『時の声』『時間の墓標』『時間都市』あたり短編集がやっぱりいい。早川文庫でまとまった『ヴァーミリオン・サンズ』も好きだなあ。叙情的でない、静かな乾いた終末観……、静かすぎてキャラもたってないし今ではウケないだろうが、あの世界は大好きだ。
 謹んでご冥福をお祈りします。

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