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2006年1月

2006年1月27日 (金)

『青色図書館』

 『青色図書館』林みかせ作(白泉社 花とゆめコミックス)
 最近のコミックスはほとんどビニ本だし、まったく知らない作家のものを買うのは、とても勇気がいる。買った本はずっと置いておくつもりで買っているし、BOOK OFFに持って行ったりもしないので、この本を書店で見つけたときは、しばし考えこんだあと、バクチのような気持ちで購入することにした。(まあ、続きものじゃなかったせいもある) なんせ、タイトルが「○○図書館」なんてついていれば、オモテ稼業の血がさわぐでしょうが。
 「青色図書館」は、作家兼の若い本おたくの館長がいる私設図書館。そこでアルバイトをはじめた高校生のヒナちゃんを主人公にした図書館をめぐるほのぼのとしたお話。
 いかにも少女まんがなのだが、一服の清涼剤のように心が洗われる。いいなあ、すべてがこんなやさしい気持ちで過ごせたら幸せだ。いや、皮肉ってるわけではなく、本当にほめているのだ。読後感がとても気持ちいい。
 これは、私設図書館だからこそできる設定だろうなあ。公共図書館だともっと利用者の幅が広くなるし、もっといろいろなしがらみが増えてくる。しかし、また、ニューアーク式の貸出券で借りた人の名前がわかるというネタがでてきた。映画『耳をすませば』ほかメディアにでてくるたびに、オモテ稼業では指摘されているが、ここは私設だから、この際目をつむって、そんな細かいことは言わないことにする。(細かいことではないんだが、……まあ、カタギの人はそんな読み方はしないだろうし。
 しかし、我が家も私とダンナの本をあわせるとそこそこあるが、オモテ稼業での本の惨状をみていると、わるいけど、自分の蔵書を不特定多数の人に公開しようとは決して思わないぞ〜〜〜〜〜。

2006年1月25日 (水)

映画『銀色の髪のアギト』

 MOVIXだけ使える2月末(というのがつらい)までの映画チケットをもらったので、27日でおしまいになる『銀色の髪のアギト』を観てきた。ぜひ観たいわけじゃなかったけど、あまり重たいものもちょっと……と思ったので。タダで観てきて、文句をいうのもなんだけど、しょせん亜流か、と思った。
 植物の暴走で文明は崩壊した遙かな未来、人を襲う森に囲まれながら生きながらえている中立都市の人々。そこに住む少年アギトが、スリープから目覚めた過去の少女トゥーラを見つけた時から冒険がはじまる。
 たしかに、ていねいにいっしょうけんめい創っている。有名な原作を持ってくるでなく、人気のあるTVやゲームをつくりなおしたわけでなく、オリジナルな作品を創りたかったんであろうが、どうも「○○みたい」というのがあちこちにちらついている。絵はいっしょうけんめいオリジナルしてるんだが、ストーリーや舞台設定や世界観が亜流なんだ。私は、この作品についてはほとんど前知識もなく、後でパンフレットも買わなかったので、本当に観た印象でそう思った。きっとそう思った人は多いだろうなあ。
 その「○○みたい」の○○は、宮崎駿のナウシカとラピュタだ。森は腐海のようだし、中立都市と武装都市(名前なんだったっけ?)は風の谷とトルメキアのようだし、森の人のような人たちもでてくる。過去の栄光をとりもどそうとする敵方の男シュナックと少女トゥーラは、ラピュタのあいつ(名前なんだったけ?)とシータのようだ。そしてなにより「過去の文明を捨てて、自然とともに今を生きよう」といったテーマを繰り返してどうする!? 絵で凝るのもいいけど、こういうところに意表をつく展開をみせてほしいぞ。
 その絵も柔らかな色調の背景とセル画の(ような)人物とメカニックや効果のCGがいまいち違和感があって、画面で融合していない気がする。イメージ的にはとてもいいシーンがいくつもあるのだが。

2006年1月16日 (月)

「Comic City大阪」は寒かった

 1月8日(日)は、南港のインテックス大阪で「Comic City大阪」が行われた。
 旅行の片付けもちょっとおいといて、とりあえず前日に速攻で準備をする。申し込む頃は「新刊が出来ていたらいいなあ」なんて甘い見積もりを考えていたが、案の定下描きのまま中断中。このままじゃ、4月のそうさく畑にもあぶない。かわりといってはなんだが、新年のあいさつとスペースご来訪のお礼のカードと即売会のオーストラリアおみやげのセットを作る。おみやげはダーウィンで買った6コ組のコースターを一つずつばらしたものだ。カカドゥなどダーウィン近郊の名所の絵が描かれているのだが、6種の中には実は今回行かなかった処も含まれている。でも、どれもノーザンテリトリー(というかトップエンド)らしくていいぞう。 
 さて、この日はとっても寒かった! それほど入り口や通路に近いところではないが、スペースに座っているとシンシンと冷えてくる。途中で宅配便の受付うしろのシャッターが開いてもっと寒くなり、いちど脱いだコートを着るハメになる。しかし、この寒さにメゲず、参加者はとても多かったようだ。地下鉄中央線・OTSも混んでいた。創作エリアにいると、そんなに混んでるという風には感じられないのだが、まわってきた友人などに聞くとある某所やこの某所はすごかったらしい。
 我がサークルは、お初にお立ち寄りいただいた方はちょぼちょぼ、知り合いの皆様とのごあいさつのほうが多かった。何人かの方からは、おいしいお菓子などのさしいれもいただき、寒さの中にほっこり気分だった。今日はひとり参加だったので、帰りがけにひさしぶりに、エスニック好きの阿素湖素子さんと梅田の「カンテ・グランテ」でお茶をして、楽しい時間を過ごした。

2006年1月12日 (木)

オーストラリア旅行 雑感(ちょっと長文)

 今回の旅行は、自分の本(『おたくな育児BOOK』)を読んだサトル兄ちゃんが、「タッくんが5歳になったらエアーズロックにいっしょにのぼるんだ!」と信じていたことから始まった。
まあ、タクヤがもう少し大きくなったら、リゾートではないアジア方面でも行けるようになるので
、オーストラリアは今回が最後かも知れない。念願のカカドゥも果たしたし。

 カカドゥは、アボリジニの壁画もたくさん見ることが出来たし、自然が美しいし、とてもよかった。英語が理解できて、ハエさえいなければ(それでも乾期よりマシなはずだ)さらによかったのだが。
 できれば、国内線を乗り遅れないで、半日ブリスベン散策ではなく、本来のダーウィン散策だったらもっと満足したとも思う。が、ブリスベン空港でJALと話がついたあと、国内線乗り継ぎ搭乗窓口の前で、旅行代理店の空港出迎え係員と出会ったのだ。その係員が、ダーウィンでの送迎タクシーやホテル、カカドゥでの現地ツアーのバウチャーチケットをその場で渡してくれた。(航空券は国内線の分まで関空でもらっていた) よく考えてみるとJALの人の誘導でギリギリで国内線に乗れていたら、旅行代理店の係員と接触できずに、カカドゥでの各種バウチャーチケットをもらえなかったのでは?と思う。そうなったら、どうするんだろう?

 7年ぶりにエアーズロックリゾートに行って驚いたのは、まず、前回と同じ「デザート・ガーデンズ・ホテル」に泊まったのだが、ホテルが増殖していた。改装したとどこかに書いてあったので知っていたが、客室が増築されて広がっていて、新しいエントランスが出来ていて、壁が塗り直されていた。現地ガイドの人は「ホテルの水道の水は飲めます」と言っていた。前は飲めなかったのに。心なしか水の出具合も勢いがいい。
そしてリゾート全体が統一のシンボルマークをつくって、案内板なども統一して、何よりコンピュータネットワークでつながって、リゾート内のレストランや店舗がどこでも宿泊の部屋付けで利用できるようになっていたのだ。それもホテル名は不要で、部屋番号だけで識別できるようにしているようだ。いちいち支払わなくても、チェックアウトの時にまとめて支払える。ウルルーやカタジュタの姿は変わらないけれど、リゾートの観光ノウハウは行くたびに進化している。

 最後に、先住民のアボリジニの人たちのことをちょっと。エアーズロック近辺のアボリジニはアナングという部族が住んでいるが、ほとんど見かけなかった。前回はリゾートのほうで、一人か二人お買い物をしていた。彼らは、もう従来の暮らしはしておらず、住居をあたえられ、現代的な暮らしをしているそうだ。TVも見て、車も持ってるとのこと。国立公園の入場料の一部が彼らにわたっており、仕事も持っている人もいる。他、ケアンズやブリスベンでもほとんど見かけなかったが、今回のダーウィンでは、街中で多く見かけた。ちょうど暑さがマシになる夕方だったせいか、道に数人で座って、歌を歌ったり楽器を演奏したりしている。保護されたり、仕事に就いたり出来ているアボリジニもいるとは思うが、なかなか定職がないのだろうか。カカドゥの東にはアーネムランドというアボリジニの土地がある。そこでは、もっと伝統的な暮らしをしているのだろうが(民博でよくフィールドワークしているところだ←ちょっと表現がおかしい?)、街に出てくるとやはり暮らしにくいのかなあ、と考えてしまった。

2006年1月11日 (水)

オーストラリア旅行 行程ダイジェスト(長文)

 12月29日〜1月5日まで、家族4人でオーストラリア旅行に行ってきた。出発3週間前に確定したので、出かける前はバタバタ、帰ってきてからも公私ともバタバタで、旅行の期間中が日常をはなれていちばん時間の余裕があった。とりあえず、今回の旅行の行程ダイジェストをまとめてみた。

「大自然カカドゥ国立公園とエアーズロック+ケアンズ8日間」
 12月29日(木) 関空21:25発カンタスとJALの共同便でブリスベンへ。旅行の初日は約3時間で終わった。

 12月30日(金) ブリスベン6:55着 ここで入国手続きをして、8:30発ダーウィン行きの国内線に乗り換える。入国審査が長蛇の列になってる中、JALの人は国内線乗り換えの人を拾って誘導してくれる。……が! 荷物がなかなか出てこない。JAL係員もイライラ。ようやくでてきた荷物をもって、税関を通過、国内線の受付カウンターに行くが、10分前でクローズ。19:58発の便になるといわれる。あと英語でいろいろいわれるがまったくわからず。JAL事務室の日本人職員につないでくれる。結局JAL持ちで夕方までホテルの部屋を確保、そこまでの往復のタクシーチケットをもらう。旅行代理店の空港出迎え係員とはその後に出会う。これが今回の最大のハプニングだった。スーツケースはあずけて、ホテルに向かう。シャワーを浴びて、昼食と明日の朝食の買い出しをして、博物館を見学する。ホテルに帰って、みんな爆睡。夜の飛行機に乗って、23:30ダーウィン着。

 12月31日(土) 6:25ホテルロビー集合。といっても、日本人はもうひと組の4人家族と2組だけだった。現地ガイドが迎えに来てくれて、1泊2日でカカドゥに向かう。いろいろな国の人混成。
この日はアボリジニの壁画があるノーランジーロックと、鳥やワニや自然が美しいイエローウォーターリバークルーズに行く。その後ホテルへ。ホテルはワニ型の外観の「カカジュ・クロコダイル・ホリディ・イン」 真ん中にプールがあり、部屋のベランダから直接行ける。ガキどもはもちろんプールに向かう。元気だ。が、雨期であり、スコールのような雨が激しくなったのでスゴスゴとひきあげる。

 1月1日(日) 日本人がほとんどいないせいか、大晦日も正月もまったく関係ない。8:00ホテルロビー集合。昨日とちがう現地ガイドだった。タクヤ(5歳)には、今日のガイドさんは波長があったのか、何かとちょっかいをかけていた。5歳児に言葉の壁はない。アボリジニの壁画で有名なウビルーロックに登る。壁画も景色もいい。途中の道中で道が水没していたり、ワラビー(いっぱい!)やワニやエリマキトカゲやディンゴにも出逢う。走りながらよく見つけられるものだ。ランチのあと、ジャンピング・クロコダイル・クルーズに行く。船にのって、肉をエサにワニたちを近くにおびきよせるのだが、ちょっとくどい。夕方、ダーウィン着。ホテルにチェックイン後、ウールワース(スーパーマーケット)に寄って、街のカフェで夕食。

 1月2日(月) 5:00ホテルロビー集合・出発の予定が、お迎えのタクシーが来ない。まちがってリムジンバスに乗りそうになる。25分遅れて送迎ガイドが到着。オーストラリア時間か? 7:00発のカンタスでアリススプリング乗り継ぎエアーズロックに13:25着。出迎え現地ガイドは日本語。これまでずっと英語だったので、ラクチンさが身にしみる。ホテルチェックイン後、スーパーマーケットに買い出しして、カタジュタ(マウントオルガ)の散策とウルルー(エアーズロック)のサンセットツアーに行く。カタジュタ散策の時は、タクヤが眠たくてチョー不機嫌。サンセットは天候が曇り気味で色の変化がイマイチ。明日の朝が早いので早々に寝る。

 1月3日(火) 早朝エアーズロック登山とマラウォーク(麓のアボリジニの人が住んでいたポイントを歩く) 登山は、4人そろってゴールまでたどり着くことができたが、7年前サトル5歳の時より、時間がかかってしまい、帰着時間に少し遅れてしまった。申し訳ない。帰ってきてからは、ホテルのプールで3時間。夕食は予約のいらない別のホテルのバーベキューに行く。

 1月4日(水) 出発は遅めなので、エアーズロックリゾート内のいちばんいいホテルの朝食を食べに行く。13:05分発の便で、ケアンズ16:05着。ダーウィンとは雲泥の差のいたれりつくせりのサービスにちょっと辟易するが、街に出ると日本人の数がやたらと多い。客獲得の競争もはげしいのか。レストランでは日本語メニューがあるし、空港やホテルも日本語併記、土産物屋や空港の人も日本語をしゃべっている。

 1月5日(木)
12:35発のオーストラリア航空で帰国……のはずだったが、遅れて実際飛んだのは2:00頃。着いたのは1時間遅れぐらいの20:15頃。「はるか」の指定に間に合わないかもとちょっと心配したが、入国も税関も検疫のスムースに通り、おまけに「はるか」も少し遅れていた。

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