『虐殺器官』 伊藤計劃著(早川書房)
訃報ネタ続きだが、この作者・伊藤計劃も実はこの3月に亡くなっている。新聞記事の訃報欄に載っていたのだが、これには本当にびっくりした。まだ34歳。これが2007年に出たデビュー作で、あちこちの書評にとりあげられていてけっこう評判がよかったので気にはなっていたが、読んでいなかった。2008年の12月に2作目(と思ったら、その間にゲーム小説を1つ出している)の『ハーモニー』が出たばかりだった。まだまだ新人、それも期待する新人だと思っていたので、訃報記事には思わず眼を疑った。訃報を機に読んだというのは、なんともかんともだが……結果、もっと早く読んでいればよかった。こんなことになるんだったらファンレターのひとつでも書いておいたのに!
この作品は、小松左京賞最終候補作で、ハヤカワSFシリーズJコレクションから出ている。大量虐殺をひきおこす米国人ジョン・ポールを追うアメリカ情報軍の暗殺屋の物語。……と書くと、なんかとってもドンパチなアクションものに思えるが、ずいぶん思索的なSFである。他人の死の上に保たれる生、他の犠牲のもとに成り立つ平和……これを読んだ人は、それぞれに微妙に感じ方がちがうだろうけど、いろいろ想いを廻らせてしまうんだろうなあと思う。会話のひとつひとつに考えさせるものがある。たしかに血みどろな場面も多いし、主人公のシェパード大尉は優秀な特殊部隊員で正確に判断し、修羅場を何度も渡っている。が、性格はそんな血も涙もないというわけでなく、むしろ文学的というか、いろいろ内面的にはぐだぐだ考えるタイプで、そこのアンバランスさが単純なアクションやスパイものではない複雑さをもっているのじゃないかと思う。「虐殺の文法」を私も十分に理解できているか怪しいが、その廻る思考に惹かれるものがある。
それと、作品の中にあるSF的なガジェットというか、小道具も魅力的だ。イルカなどの水生動物の筋肉をもとにつくられた人工筋肉の降下ポッドやポーター、医学やID偽造や拷問にもつかわれるナノテク技術、戦闘能力を高める痛覚マスキング、いろいろとおいしいものがちりばめられている。
本の著者紹介に作者のブログURLが載っていたのでのぞきにいった。5月末の時点では、いくつかの訃報を知らせるトラックバックがつけられていたが、ブログ自体からの代理のお知らせはなく、1月7日の本人の年始のあいさつと生存報告で途絶えていた。退院したらまた再開するような、ちょっと更新が滞っているだけとみえるような状態だったのが、切なかった。伊藤計劃さんは武蔵野美術大学の映像科の出身で、映画を観るのもとても好きだったようだ。なんとなく納得した。
謹んでご冥福をお祈りします。
P.S. この記事を書いて、ねかせている間に、「SFマガジン」7月号に掲載されている「伊藤計劃追悼」特集を読んだ。自社が売り出している作家とはいえ、新人とは思えない扱いである。大森望をはじめ、伊藤計劃を生前からよく知る方々が追悼文をよせている。私などは、いろいろ初めて知る事実も多い。遺稿となった『屍者の帝国』の冒頭の章も掲載されており、もう続きが書かれないのだと思うと残念でならない。
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